「スラバヤ・スー(11)」(2017年01月06日)

スラバヤでの軍事衝突でイギリス軍はあくまでも優位に立っており、インドネシア人にと
って市内に安全な場所がないのは明白な事実になっていた。市内の叛乱ラジオ局が敵の手
中に落ちたとき次のステップが講じられるよう、ブントモはマランに移ってその準備に取
り掛かっている。

叛乱ラジオ局のある街区の上空をイギリス軍用機が旋回し、電波探知機を載せた車両が通
りを徘徊することも頻度を増した。そしてイギリス軍スラバヤ司令部は武力反抗を続ける
共和国側に対して最後通牒を宣告した。

「スラバヤにいる全住民はすべての武器を引き渡せ。定められた場所で定められた時間に
武器を地面に置き、両手を挙げたままイギリス軍部隊の陣地を訪れて投降せよ。今日の日
没までにそれがなされないなら、明朝からスラバヤ全市を爆弾の雨が見舞うことになる。」

抵抗戦のリーダーたちは、それを子供じみたこけおどしだと受け取った。スラバヤ市内に
軍事施設はまったく存在しない。スラバヤは非戦都市なのであり、市内は一般市民の生活
の場でしかないのだ。そこに爆弾の雨を降らせるのは、大量の一般市民を虐殺するのと変
らない。まさか、イギリス人が国際法を忘れたわけではあるまい。


日没が来て、夜になる。共和国側が最後通牒を無視したことが事実になったとき、イギリ
ス軍用機と軍艦に翌朝の爆撃命令が出された。もちろん、地上部隊の出撃がそれに呼応す
る。

その夜、タントリはマイクに向かって激しい非難の言葉を連射した。
「インドネシアの民衆はあなたがたの要求に応じません。なぜなら、その要求はこの国の
リーダーたちにとって侮蔑でしかなく、そしてインドネシア人の知性に対する侮辱である
からです。
そんなことを理由にしてあなたがたが非戦都市スラバヤに軍事攻撃をしかけ、無数の一般
市民や婦女子を殺戮するようなことを行えば、栄光ある大英帝国が抱える暗黒の歴史にさ
らなる一ページを加えることになるでしょう。
やめなさい。ヒューマニズムにもとるそのようなことをしてはならないのです。」


11月10日午前6時、艦砲射撃と軍用機による銃爆撃がスラバヤの空を覆いはじめた。
砲爆撃は三日三晩続けられ、何百人もの死体が路上や側溝あるいは運河に満ちた。

叛乱ラジオ局のある地区にも、爆弾と砲弾が落ちて来た。そしてついに、ラジオ局にも被
害が出たのだ。


そのときラジオ局内にはタントリの他にインド人アナウンサーとアラブ人職員のふたりし
かいなかった。インドネシア人アナウンサーはラジオ局の移転のために、前日からスラバ
ヤ南方の山岳地帯に入っていた。

爆弾や砲弾の炸裂する音がどんどん近付いてきた。そして叛乱ラジオ局のあるブロックに
爆発音が轟き、周辺一帯は騒然となった。迫撃砲弾が一発、その家の奥に落下したのであ
る。タントリが入っていた放送スタジオは無傷だったが、裏のトイレにいたインド人アナ
ウンサーが犠牲になった。ほとんど即死に近かった。

建物が破壊されて瓦礫の山となり、人間の生命が失われたという大きな混乱の中で、ブラ
ニと名付けられたタントリの大型犬がテーブルの下にしゃがみ込み、好物の骨を口にくわ
えながら尻尾で床を打つ音が、不調和なリズムをその場に添えていた。[ 続く ]