「スラバヤ・スー(15)」(2017年01月12日)

ある日、紅白の腕章を着けた三人の青年がジープに乗ってバギルの叛乱ラジオ局を訪れた。
「あなたをマランにお連れするよう、ブントモに命じられました。」という言葉を、タン
トリも同僚たちも誰ひとり疑わなかった。

スラバヤに近いバギルの町のラジオ局は、イギリス軍が探しにくれば容易に見つかってし
まう。スラバヤ市内の戦況は共和国側に不利に展開しており、共和国側が市内から押し出
されてしまえば、タントリたちはたちまち危険に見舞われるだろう。だから早めにバギル
からマランもしくは山岳地帯のどこかにラジオ局を移そうという相談がタントリたちとブ
ントモの間で既に始まっていたのだ。


タントリはあまり多くない私物をトランクに入れて、ジープに乗った。ジープは街道を南
へと下って行く。ところがかなり南方に下ってから、ジープは街道を外れた。不審を抱い
たタントリが言う。「マランへ行く道はこれじゃないわよ。どこへ行くつもり?」
三人の中のリーダー格の青年が平然と言う。「われわれはあなたを誘拐した。われわれは
トレテスに向かう。」

その青年の話によれば、トレテスにはとある少佐を指揮官とする共和国独立支持部隊があ
り、そこにはラジオ局がある。英語ができるアナウンサーがいなかったのでタントリにそ
こへ来てもらい、トレテスのラジオ局からこれまでと同じような放送をしてもらいたい。
誘拐の目的はそれだけだ。自分たちも共和国独立を支持する同志なのだから、怖がる必要
はない、と青年は語った。

「ブントモはあなたを独占し続けて来た。そういう身勝手はよくない。これからはわしの
番だ。あなたは有名なアナウンサーになった。あなたの放送を聞くためにラジオを点ける
ひとが大勢いる。あなたの放送がどのラジオ局から発信されようが、違いは何もないでは
ないか。われわれはみんな共通の目的のために働いているのだから。バギルよりもここは
はるかに安全だ。あなたの身柄はここで完璧に保護される。」
ジープがトレテスの町の奥にある司令部に着き、タントリが降りるのを出迎えた指揮官少
佐はそう語った。


トレテスを根拠地にしているこの部隊についての噂は、以前からタントリの耳に入ってい
た。まともな知識人が多い共和国戦闘部隊指揮官とはあまり似つかない、盗賊団の首領と
呼ばれるにふさわしい人物像がその指揮官に関する噂だった。

部下の全員に黒シャツを着させ、財力豊かな華僑系の商人を襲って金品を巻き上げ、自分
たちは贅沢な暮らしをしつつ、自元の貧困民にも分け前を与えるという、ロビンフッド気
取りの行為を行っていた。

もっとも、この時期にインドネシアの全土で同じようなことをする集団が続出していたの
も事実だ。旧植民地体制の上にあぐらをかいて権力と財貨をほしいままにしてきた封建制
度支配者層を崩壊させるという革命が全国的に進められたことは事実であり、インドネシ
アの独立闘争に独立革命という名称が与えられたことがそれを物語っている。

指揮官少佐はタントリにとても慇懃に優しく上品に振舞ったが、その素顔は酷薄だったよ
うだ。部下たちはだれもが指揮官を怖れており、戦々恐々としていた。怪しいと疑われた
よそ者が捕まると、裁判も取調べもなく処刑された。[ 続く ]