「スラバヤ・スー(19)」(2017年01月18日)

救急車は出発した。モジョクルト街道をスラバヤに向けてまっしぐら。スラバヤ市内に入
ったあたりて、バリケードが道路中央を塞いでいた。救急車はサイレンを鳴らしてバリケ
ードの脇を突っ切ろうとしたが、武装兵に停められた。イギリス人兵士ひとりとグルカ兵
ふたりが歩哨に立っている。救急車に近付いてきたのはイギリス人兵士で、かれは車内に
白人女性がいるのに気付いて目を見張った。
「わあ、こんなところで白人女性に出会おうとは、夢にも思わなかったよ。名前を聞いて
いいかな?」
「わたしはモリー・マクタヴィッシュ。あなたの名前は?」精一杯スコットランド訛りを
込めて、タントリは言う。

兵士は自己紹介してから、「こんな場所はもういやだ。早くロンドンへ帰りたい。」とロ
ンドンの下町訛りで愚痴った。そして非番の日にデートしないか、とタントリを誘う。
「もちろん、わたしも嫌じゃないけど、今はのんびりしていられないのよ。その患者に早
く輸血しなければいけないの。モジョクルトの病院には輸血の設備がないから、スラバヤ
へ緊急輸送しているところ。」

兵士は車内をのぞき込んだ。「おお、こりゃ大変だ。」
「わたしはあと一時間くらいしたらまたここを通ってモジョクルトへ戻るから、そのとき
にもっとお話しができるかも。」
「ああ、あんたが戻って来るまで、ずっとここで待ってるよ、モリ―。」

車内の捜索も書類のチェックも一切なく、救急車は検問ポストを通過して市内に入った。
市内の路上に人の姿はなく、やせ細った犬だけが徘徊しているばかりだ。

空き家へ着くと、医師と患者はすぐに扮装を解いてサルン姿になり、地元民に変身した。
そして必要な電波発信機材を取り出して車内に隠し、出発の用意をした。今度は運転手と
タントリのふたりだけで検問ポストを通過しなければならない。ラジオ発信機の部品を積
んだままで。


救急車が検問ポストまで来ると、イギリス人兵士はまだそこにいた。かれはタントリに笑
顔を向けて車に近付いてきた。そしてよもやま話をしてから、今度の日曜日に市内のホテ
ルオラニエで会うことを約束した。
「でももしわたしが来なかったら、わたしに緊急業務が発生したためだと思ってね。そう
なったら、わたしはあなたに手紙を書くわ。」

かれはまた、イギリス兵の軍服を着ている運転手とも会話しようとした。ところが運転手
はブロークンな英語で「ノーイングリッシュ」を連発したから、かれは呆れ顔をしてタン
トリのところに戻って来た。救急車の運転手になっているチームリーダーは、実はオラン
ダで法学を学んだインテリであり、ロンドン生まれのそのイギリス人兵士よりはるかに格
調高い英語とオランダ語を話す能力を持っていることを知っているタントリは、笑いを押
し殺すのに苦労した。

「モリ―、あんたは素晴らしい女性だ。あんな黒ん坊たちの中にたったひとりきりで暮ら
し、黒ん坊の病気を治してやろうと献身している。日曜日には是非、あんたの話をたくさ
ん聴きたい。」
「もちろんよ。じゃあ、日曜日にまた会いましょう。」
[ 続く ]