「スラバヤ・スー(29)」(2017年02月01日)

ふたりの白人を客にした大佐の一家は献身的な奉仕でふたりの介護と養生の世話を行い、
容態が悪化したダニエルズも再び快方に向かう。しばらくして元気になったふたりに面会
するためブンアミールがタントリを伴って大佐の家を訪れた。


ふたりと四方山話を交わしてから、ブンアミールはふたりに言った。
「できるだけ早くあなたがたふたりをジャカルタのイギリス軍司令部に送り届けるよう、
交渉を開始する。司令部はきっとあなたがたを早急に本国に送り返すだろう。」

ところがふたりは思いがけないことを言い出したのだ。ダニエルズは語る。
「大臣閣下、われわれを司令部に送り届けてくださるとのご配慮には、たいへん感謝して
おります。しかしわれわれは相談の上で結論を出しました。われわれはインドネシアを去
りたくないのです。われわれは必ずや、インドネシア共和国のお役に立てるだろうと確信
しています。少なくとも、アンダーソンは青年たちに軍事訓練を施すことができるし、わ
たしは航空機の操縦を教えることができます。われわれの気持ちはタントリさんのものと
変わりません。われわれは、自分たちの国がインドネシアの民衆に軍事攻撃を仕掛けてい
ることが恥ずかしくてたまりません。われわれをここに置いていただけませんでしょうか
?」

ブンアミールは微笑みながら首を振った。
「わたしにそれができるなら、どんなにうれしいことか。おっしゃる通り、共和国には人
材が不足しています。あなたがたが手助けしてくれたなら、共和国は大いに力づけられる
にちがいありません。しかしあなたがたは法的に、戦争の捕虜なのです。あなたがたはイ
ギリス軍の軍人なのであり、軍務の最中に敵国を幇助するようなことをすれば、脱走兵に
なるばかりか、裏切り者として断罪されるのは間違いないでしょう。そうなれば、二度と
本国に戻ることができなくなります。インドネシア共和国が完璧な独立を達成し、われわ
れの国がお互いに現在のような敵対関係を終わらせた後であれば、共和国はあなたがたを
両手を開いて受け入れることができます。しかし今は、まだその時ではありません。」

アンダーソンが話を次ぐ。
「軍の法廷に裁かれることなど、くそくらえですよ。わたしはオーストラリア人なのであ
り、オーストラリアとインドネシア共和国は交戦状態に入っていないはずです。だから、
わたしは自分の生き方を自由に選べるはずですよ。」

「いや、そうはいかない。あなたはあくまでもイギリス軍の一連隊のひとりとして軍務に
服しているのです。その立場が解消されないかぎり、あなたがどれほどそれを望もうとも、
あなたが敵軍を援けることは許されないのです。特にダニエルズさんは早急に本国に戻っ
て身体の中に残っている破片を摘出する手術を受けなければなりません。インドネシアに
はまだその技術がないのですから。」

ふたりは沈鬱な表情で黙り込んだ。しかし暫くしてアンダーソンの表情が変わった。
「わかりました。われわれはどうしてもインドネシアを去らなければならない。であるな
ら、われわれを利用すればどうでしょうか。イギリス軍は2百人ほどのインドネシア人捕
虜を抱えているという話です。われわれふたりを捕虜交換に使うことは難しくないでしょ
う。そうすることで、われわれは少しでもあなた方のお役に立てるはずだ。」
[ 続く ]