「スラバヤ・スー(32)」(2017年02月06日)

マランでは、スカルノの演説を聴くために、遠方からも民衆が前夜にやってきて地面で眠
り、スピーチが始まるのを待った。スピーチが始まったとき、聴衆の数は千を超えていた。
そのときタントリは多数の随行員たちと共に舞台の後ろに居並んでいたが、スピーチを終
えたスカルノはタントリに目を向けたあと、また語り出した。

「わたしがここを離れる前に、もうひとつ皆さんに申し上げたいことがあります。今この
舞台の後ろに白人女性がひとりいることに、皆さんはきっともうお気付きのことでしょう。
皆さんのほとんどは、不審を抱いているにちがいありません。インドネシアの独立をやめ
させようとして戦争している民族の人間を、インドネシアの大統領がどうして連れ歩いて
いるのかと。

紹介しましょう。かの女はバリ島出身のクトゥッ・タントリさんです。クトゥッというの
はバリの家庭で四番目に生れた子供を意味します。タントリという名は、われわれの民話
の中にも登場しているので、皆さんはきっともうお解りでしょう。このクトゥッさんはイ
ギリス生まれのアメリカ人ですが、イギリス人やアメリカ人である以上に、もっとはるか
にインドネシア人なのです。かの女は公然とわれわれに味方している唯一の白人です。か
の女はわれわれが闘っている独立を助けて、全力を尽くしてくれています。

わたしはここに集まっているすべての老若男女にお願いしたい。クトゥッ・タントリの顔
をよく見て、覚えてください。わたしはかの女がインドネシアの民衆にひどい目に遭わさ
れることを望みません。

われわれの独立闘争が続けられる間、かの女は何度もマランに足を運ぶ出しょう。皆さん
は、かの女に出会ったなら、かの女を保護しなければなりません。兄弟姉妹という言葉の
意味をじっくりと思い返すのです。わたしの母親もバリ女性です。わたしはクトゥッ・タ
ントリさんの保護をあなた方みんなにゆだねます。必要ならば、わが身を犠牲にしてでも、
かの女を守ってください。」

聴衆から、耳を裂かんばかりの盛大な拍手があがった。タントリの胸は感激で満たされ、
涙が頬を伝った。


別の町では、アメリカ独立戦争に活躍した志士のエピソードを語って聞かせたあとブンカ
ルノは聴衆に対し、英語のプロパガンダを教えた。
次は外国の報道関係者を連れてくることにしており、かれらが来たときに皆さんはこう言
ってほしい、と語って教えた言葉は「All is running well!」

「外国の新聞記者や国際ラジオ放送の記者が来たとき、インドネシアではすべてがうまく
行っている、ということをかれらの言葉で話してあげてください。それはこう言うのです。
"All is running well!" いいですか、忘れないように、もう一度復唱しましょう。"All 
is running well!"
外国の通信員が来たら、皆さんはどう言いますか?」
聴衆は声を張り上げて叫ぶ。「All is running well in Indonesia!」

後にスカルノ大統領が外国人報道関係者を集めて共和国領内視察旅行を繰り返したとき、
記者たちは何千人もの群衆が「All is running well in Indonesia!」と叫ぶ大合唱を前
にして大きな感銘を受けていたありさまを、タントリは記憶している。[ 続く ]