「スラバヤ・スー(34)」(2017年02月08日)

一味は徒歩で街道まで下りると、待っていた車に乗って去った。後日、その車がヌガラに
向かうジュンブラナの村近くに乗り捨てられてあったのが見つかっている。
それらが目撃者などから集められた情報だった。ヌラの遺体は王家のひとびとによって埋
葬されている。

ピトはヌラがタントリに宛てて書いた手紙を持ってきた。ヌラは自分の運命を予知してい
たのかもしれない。ヌラはタントリに妻になってほしいと望んだが、かの女はまだその時
期でないと考えて同意しなかった。ただ心の奥底に、自分の夫はヌラしかいないという気
持ちがあったのは、疑いないところだったろう。
ピトが疲れ切っているのを見て、タントリはかれに室内で休息するよう奨め、自分はベラ
ンダで物思いに沈んだ。


疲れを癒したピトと一緒に、タントリは部屋のベランダで昼食を摂った。ピトはバリの様
子をいろいろ物語った。

年老いたヌラの父王は、ヌラの死を耳にして、病気になってしまった。タントリがクタ海
岸に設けたホテル「スワラスガラ」を盛り立ててくれたワヤン、マデ、ニョマンたちはそ
れぞれの村に戻って、無事でいる。スワラスガラが日本軍に接収されたとき、かれらの財
産も同時に取り上げられた。そのためにかれらは極貧の暮らしに落ちている。

かれらはタントリが日本軍に殺されたと思っていたが、まだ生きていることを知って大い
に喜んだ。タントリにまたバリに戻ってもらい、一緒にホテルを再興しようと考えている。
しかしピトが物語るバリ島の状況は、かの女がバリに戻ることを不可能と思わせた。NI
CAは山地を除くバリ島の全域を支配下に収め、反オランダゲリラ戦士が徘徊する山地だ
けがかれらの目の敵になっている。しかしゲリラ戦士たちも武器弾薬が欠乏しており、ジ
ャワ島から密輸しなければジリ貧になって大したこともできない。ところが海岸部はNI
CAの監視が厳しく、密輸も思うにまかせない。

NICAはバリ島の民情を懐柔しようとして、バリ島に傀儡政府を作る計画をした。その
傀儡政権の主になることに手を挙げたのは、なんとタントリの友人でもあったスカワティ
王家のチョコルダ・グデ・ラカだった。タントリは信じられない思いだった。

タントリが諸王家のひとびとと親しくなったとき、西洋に留学して種々の言葉をマスター
したかれにタントリは強い親しみを抱いた。バリ語やバリ文字の習得に大いに助力を得た
し、バリの知識層が持っている文学や芸術の手ほどきも、タントリはかれから与えられて
いる。

そんな聡明なかれがインドネシア共和国の先行きを読めないはずがあるまい。そんなこと
をすれば、かれの将来は閉ざされてしまう。かれの兄弟や子供たちはどんな姿勢を取って
いるのだろうか?ピトは答える。[ 続く ]