「スラバヤ・スー(38)」(2017年02月14日)

巡洋艦はしばらく沖合いを行ったり来たりしてから、結局東に向けて去って行った。最悪
の事態は避けられた。
数時間待って様子を見た後、ふたたび船は日没の近付いている海に乘り出した。船はスマ
トラ島の陸地を左に見ながら、北西に進路を取る。


何度か危機を免れた一行は、海流の難所で知られるバンカ海峡にさしかかった。アンボン
人船長は自信に満ちた操船技術を見せて、難所を乗り越えた。かれはこの冒険行をたっぷ
りと楽しんているようだ。オランダの海上封鎖を突破しようとして海の藻屑と消えた数多
くの仲間たちと同じ運命をいつたどることになるのかわからないというのに。

バンカ海峡を通過してマラッカ海峡を北上しているとき、また遠くに船影が出現した。
「オランダの駆逐艦が全速でこちらに向かっている。あの船が途中で方向を変えないかぎ
り、われわれの運命はここで終わることになるだろう。逃げ込める避難場所はここから一
番近いもので15海里も離れているのだから。」と船長は言う。

「われわれができるのは、この辺りに多い暗礁を縫って逃げるしかない。あの駆逐艦が浅
瀬に乗り上げたら、われわれはまだ運に見放されていないわけだが、反対にわれわれが暗
礁に乗り上げたなら、やつらのいいなぶりものにされてしまう。」

船長はタントリに命じた。「ニセ船長を起こしてここへ来させてくれ。ただし絶対に甲板
に出ないように。」そして乗組員たちにイギリス国旗を掲揚するよう指示した。その手段
は過去に数多くの密輸船が使っている手口であるため、オランダ人は決してそれを信用し
ないだろう。しかし、すると危険が増すというものでもない。


タントリはニセ船長を起こした。「キャプテン、オランダ人が接近中ですよ。」目を覚ま
したニセ船長はタントリの顔を不思議そうに眺めてから、しばらくしてポツリと言った。
「また、オランダか?」

ところが、かれは起きるどころか、横たわったまま毛布をかぶって背を向けた。
タントリは途方に暮れて操舵室に戻り、床にしゃがみこんだ。既に夕方6時ごろで日没が
近づいている。空は黒雲が半ばを覆っているものの、雨の降る気配はない。その日は一日
中そんな天気だった。

アンボン人船長は船を陸地に向けて全速進行を命じた。エンジンの振動が船体を揺さぶる。
オランダの駆逐艦はその姿をどんどん大きくしてくると砲火をその木造船に浴びせかけた。


砲弾はそれたものの、船は突然大きな衝撃を受けて進行を止めてしまった。暗礁に乗り上
げたのだ。船体は右に大きく傾いている。エンジンが悲鳴をあげるが、ごりごりと船底が
鳴るばかりで船は進まない。

最悪の場合は海に飛び込んで、陸地目指して泳ぐしかないと考えたタントリは、サメの恐
怖を思い出してその考えを捨てた。[ 続く ]