「スラバヤ・スー(39)」(2017年02月16日)

駆逐艦はできるかぎり接近してから投錨し、砲火をまた浴びせかけて来た。砲弾は舳先の
向こうに落ちた。威嚇しているのだ。ひょっとすれば本当にイギリスの船かもしれないた
め、それが確定できるまで砲弾を当てるのは控えているのかもしれない。

船長と乗組員はトミーガンを手にして戦闘態勢に就いた。タントリは武器を手にすること
を拒絶した。そのとき、ニセ船長がふらつく足取りで操舵室にやってきたのだ。

「何が起こったのかね?その武器は何だ?」
アンボン人船長はオランダ駆逐艦を指差した。
「馬鹿者どもが・・・」
ニセ船長は目を床に落として、ひとりごちる。
「わしはまだ酔っているのかね?船がひっくり返りそうに思えるが。」
アンボン人船長が状況を説明すると、ニセ船長は「わしにも銃をくれ。」と言ってトミー
ガンを手にした。
「ユニオンジャックが翻っているかぎり、この船上はイギリスだ。オランダ人が勝手に上
ることは許さん。」

そしてタントリの方を向くと、言った。
「怖れることはない。わしとあんたが生きているかぎり、この船上はイギリスなのだ。オ
ランダ人などに決して蹂躙させない。ジョンブル魂を見せてやろうじゃないか。」
ただの酔っ払いだと思っていたニセ船長のふるまいに、一同の意気が高揚した。いきなり
全員の顔が明るくなり、これから始まるだろう修羅場を思い煩う気分が消滅してしまった。

もう日はとっぷりと暮れて、天は厚い黒雲に覆われているため、対峙する二隻の船以外に
灯りはない。オランダ駆逐艦の出方を待っているとき、突然変化が始まった。すさまじい
落雷とともに、豪雨が始まったのだ。激しい雨の向こう側にいる駆逐艦の姿がおぼろにな
り、そして隠れてしまった。

陸地に向かう波が強くなってきた。潮が戻って来たのだ。乗組員がふたり、スコップと金
梃子を持って海中に飛び込んだ。船底を暗礁から外そうとしている。操舵室ではニセ船長
が舵輪を握り、機関士に指示を出している。水位が高まり、船の傾きが戻り始めてから、
船は数回前後に動き、そして海上を走り始めた。

駆逐艦がいると思われる場所を避けて沖に出ると、シンガポールに向けて進路を取った。
豪雨は依然続いている。豪雨の向こうに隠れた駆逐艦が停止したままなのか、あるいは移
動したのかまったく判然としないものの、敵の反応は皆無だった。

船はその後も何度か座礁したが、その都度暗礁から抜け出してその海域を越え、二日間を
費やしてマラヤ半島の岸に近付いた。その二日間は実に穏やかな航海だった。次に控えて
いるのは、シンガポールへの潜入だ。[ 続く ]