「スラバヤ・スー(43)」(2017年02月22日)

「ハロー。あなたがスラバヤ・スー?」
「いいえ。そんな名前の人は知りません。」
「そう・・・じゃあ、あなたはクトゥッ・タントリさん?インドネシアのラジオアナウン
サーの。この家にクトゥッ・タントリさんがいるという情報を得ているんだけど。あなた
がクトゥッ・タントリさんなら、スラバヤ・スーはあなたのことだ。」
「あなたがたは誰?何の権利があってこの家に入って来たの?」

ふたりは自己紹介した。かれらはシンガポールの日刊紙ストレーツタイムズの記者だった。
スラバヤ・スーにインタビューして、海上封鎖の突破からシンガポールへの潜入という実
話をものしようと、かれらはここまでやってきたのだ。

「当局はまだあなたがここにいることを探知していないようだから、この記事は明朝の特
ダネになって、全シンガポールを興奮のるつぼに投げ込むことになる。」

そんなことをされれば、わが身の破滅だ。タントリはふたりを口説いた。そして最終的に、
明日のこの時間にインタビューを受けることを約束した。24時間の猶予をもらって、そ
の間に自分は当局に自首して出る。その後なら、あらゆる質問に答えてあげる。

ふたりは半信半疑だったが、タントリの誠意を感じ取ったにちがいない。結局その取引に
応じた。ふたりがどうして自分の居場所を知ったのかをタントリが尋ねると、あるインド
ネシア人が自慢たっぷりにふたりにタントリのことを話したのだそうだ。そのインドネシ
ア人はかれらふたりをインドネシア共和国に同情的だと思い込んだにちがいないのだが、
職務への忠実さというもうひとつの面に思いが及ばなかったようだ。民族的な弱点がそこ
にあるのかもしれない。


ふたりが帰ると、タントリはタクシーを呼んでシンガポール警察犯罪捜査局に向かった。
局本部ビルに入って、署長との面会を依頼する。応接室に案内されたタントリがしばらく
待っていると、署長が入ってきた。挨拶を交わして署長が用件を尋ねたとき、タントリに
はもうその署長がスコットランド人であることがわかっていた。タントリの運はまだまだ
強い。

タントリはトゥガル港を出てから華人の邸宅に逗留するまでの一部始終をざっくばらんに
打ち明けた。ただひとつだけ、民間商船のオフィサーに扮してシンガポール港を通り抜け
るのに手を貸してくれた華人青年のことだけは触れないで。アンボン人船長もイギリス人
ニセ船長も、数日前にシンガポールを離れているから、かれらに迷惑がかかることもない。

署長は本部ビル内にいる捜査員たちやイミグレ担当官たちを集めて、タントリにもう一度
その話をするよう依頼した。タントリの話を聞き終えた捜査員たちの間にかなりぎこちな
い空気が流れた。中のひとりが口を開いた。
「すごい話だな。オランダが鉄壁だと誇っている海上封鎖をイギリス女性と数人のゲリラ
たちがすり抜けて来た。何と言う恥さらしのオランダ人たちだろう。」
「おいおい、イギリス女性じゃなくて、スコッチ女性だぞ。」署長が茶化した。

「恥さらしはオランダ人に限らんぞ。アジアで鉄壁を誇っているシンガポールの海岸線は
誰が見張っているのかね?その難事をやりおおして成功させるなんて、スコットランド人
でなくて誰ができようか。」堅い雰囲気が全員の笑い声で溶けた。[ 続く ]