「スラバヤ・スー(44)」(2017年02月23日)

タントリの捨て身作戦は成功し、お尋ね者になるどころか、身分証明書・上陸許可書・滞
在許可書をもらって解放された。その手続きをしている間、担当官はみんなタントリを親
切に扱い、インドネシア共和国への同情心を示した。終戦処理にからめてイギリスを無益
な戦闘に引きずり込んだ張本人としてオランダ人はたいていのイギリス人から嫌われてい
ることが、かれらの態度の節々から感じられた。もちろん、スラバヤ戦のときにタントリ
が発した辛辣なイギリス批判に対する皮肉は免れようがなかったのだが・・・。

夕方、タントリが逗留先の華人邸に戻ったとき、家中が大騒ぎになっていた。みんなもス
ラバヤ・スーの新聞記事を読み、長居をせずに結婚式を引き上げてきたのだが、帰宅する
と使用人がその日のできごとを語ったため、全員が不安に心を煩わせていたのだ。

帰って来たタントリの顔を見て、全員の憂い顔が晴れた。タントリは全く安全な身になっ
たので、早急に大佐のビラに移ることを話し、その一家に感謝を告げた。


そのころ、インドネシア共和国はシンガポールに近いインドネシアの島に数千トンの砂糖
を送り込み、それを闇販売して外貨を入手するよう、ひとりのインドネシア人に委託して
いた。そのインドネシア人はシンガポールに住んで政財界にコネを持ち、顔が利く立場に
ある。シンガポール行政当局も島内への砂糖供給を安定させる必要があることから、イン
ドネシアからの闇砂糖流通にはあまり神経質になっていなかった。

共和国政府はタントリがその砂糖の販売代金を使ってオーストラリア〜アメリカへの旅費
に充てるよう考え、そのインドネシア人に売上代金全額をタントリに渡すよう命じる手紙
をタントリに持たせてあった。

タントリはそのインドネシア人を訪れて、政府からの命令書を渡した。するとそのインド
ネシア人は「金がない」と言う。かれの話によれば、砂糖の販売をひとりの華商にすべて
まかせ、その華商は15万ドルを約束して砂糖を運び去った。ところが、その華商はその
まま行方をくらましたのだそうだ。闇物資販売だから、シンガポールの当局に訴えること
もできず、そのままにしている、とそのインドネシア人は物語った。

タントリはかれに、シンガポール警察犯罪捜査局に届け出るよう勧めた。闇物資だとはい
え、犯罪捜査局はインドネシアに同情的であり、とりあえずはその詐欺師華商を見つけ出
してくれるだろう、とタントリは熱心に勧めた。かれは届出を嫌がっていたが、タントリ
の熱心な勧めを拒めなくなり、最終的に犯罪捜査局幹部を自宅に呼んでこの話をすること
に同意した。この事件を公けにしたくないというのがかれの理由だ。

やってきた犯罪捜査局捜査官にかれは一部始終を話した。砂糖は依然として貴重品になっ
ており、たいへんな高値で売買されている。ともあれ、詐欺師が砂糖をどのように売った
かは、捜査すればすぐに判る。詐欺師を捕まえるのにたいした時間はかからない。捜査官
はそう語って辞去した。[ 続く ]