「スラバヤ・スー(49)」(2017年03月02日)

話が決まったので、役員はタントリの出発をアレンジした。飛行機は夜明の時刻に空港滑
走路の端でエンジンをつけたまま待機しているから、タントリは遅れることなくその位置
まで出て飛行機に乘りこむように、というのだ。一行は何人かと尋ねられたから、自分と
従者のふたりだけだ、と答えた。


当日未明に、タントリとモネム氏はあまり多くない荷物を持って空港へ行った。旅客ター
ミナルはがらがらで、空港職員がちらほらと業務に就いている。タントリとモネム氏に不
審を抱く者はひとりもおらず、だれもが自分の職務に没頭している。
タントリとモネム氏は一番遠いドアから外に出て、滑走路の端へと急いだ。

夜明が近づいたころ、飛行機が一機やってきてふたりの前で停止した。プロペラを回した
まま、機内からふたりの白人が飛び降りる。そのうちのひとりがテキサス訛りで話しかけ
てきた。
「あなたの名前は?」
「クトゥッ・タントリ。そしてこれはわたしの従者のアブドゥル。」
「じゃあ、すぐに飛行機に乘って。今すぐ出発しなきゃいけないから。」

飛行機はエンジンの回転を速めて滑走路を走り出した。ターミナルビルの前を高速で通り
過ぎた後、ビルから数人の人影が走り出て来て、飛行機の後を追うのが機内から見えた。

それからすぐに飛行機は浮上して空中にあがり、間もなく陸地がなくなって海に変った。
モネム氏はキャビンの後部に下がって着替えをし、外交官としての盛装姿で戻って来た。
しばらくして、パイロットがコックピットから出てきたが、モネム氏を見て目を皿にした。

「乗客はふたりと聞いていたが、あなたはどうやってここに入ったのですか?」
タントリが答えた。「さっき、わたしと一緒に乗った従者がかれです。実は・・・」と、
タントリは自己紹介からこのヨグヤカルタ行きの目的など一切を、洗いざらい説明した。
「おお、これはたいへんな独立魂だ。」
パイロットはその話を仲間に聞かせようとして、足早にコックピットに戻って行った。

ところがおよそ半時間ほどが過ぎたあと、パイロットが沈鬱な顔でまたキャビンにやって
きた。

「われわれはオランダの戦闘機に追尾されています。スラバヤ・スーとエジプト外交官が
今朝払暁にジョグジャカルタに向けて出発したニュースをラジオシンガポールが放送して
いるから、オランダ側もここに誰がいるかをもう予測しているでしょう。あなたがたは窓
から離れて、ベルトをしっかり締めて後部に下がっていてください。
かれらはわれわれをジャカルタに着陸するよう命じていますが、われわれはジョグジャに
着陸するのです。アメリカの飛行機がオランダ人の言いなりになってたまるものですか。
大平洋で日本軍と戦ってきた腕は伊達ではありません。この腕を連中にちょっと拝ませて
やりましょう。」
パイロットはそう語ると、また足早にコックピットに戻って行った。[ 続く ]