「パンチャシラよ、永遠なれ(5)」(2017年03月03日)

サラフディン・ワヒッ氏は2016年9月に公表した論説の中で、現代インドネシアにお
けるパンチャシラの各項目について、次のように説明している。


(1)Ketuhanan Yang Maha Esa (一神教型の有神性)
この第一項目はイスラム性とインドネシア性のコンビネーションを示している。中東の多
くの国は、いまだにイスラム性と民族性のコンビネーション構築をやりおおせていない。
1946年1月にインドネシア政府内に宗教省が設けられ、イスラム性とインドネシア性
のコンビネーション構築がスタートした。

憲法とこのパンチャシラ第一項目に関連する諸法令はパンチャシラ型国家の理想にほぼ沿
ったものになっている。パンチャシラ型国家への道程は長く険しいものだ。婚姻に関する
1974年法律第1号の制定プロセスがどんなものだったのかを覚えているひとは少ない
だろう。独特のイスラム法をその中に融合させたはじめての法令だ。

婚姻法案を審議中の国会議事堂にさまざまな市民団体の青年たちがなだれ込んだために、
審議が中断した。かれらは婚姻法の中でイスラム法が容認されることを要求した。一方、
非ムスリム層はそれに反対した。特殊なイスラム法が婚姻法の中に融合されたなら、イン
ドネシアはイスラム教国家になってしまう、と懸念したからだ。

最終的に法案は変更されて、特殊なイスラム法を中に含む、ユニバーサルでない初の法令
となった。その結果、婚姻法は各宗教の決まりに従う結婚の実施と国法の統合を実現させ
るものになったのである。もちろん、その法律に関連して起こっている問題がないわけで
もない。女性を虐げているニカシリ問題や宗教間婚姻の問題などがそれだ。


そのあと、法曹基本法の一部をなす宗教法廷法案の審議でも同じことが起こった。人種・
種族・宗教で差別されることのない同一の法システムが全国民に適用されるのを望むひと
びとがそれに反対した。最終的にその法律は国会が1989年に成立させた。

次いでシャリア銀行法・ワカフ法・ハジ法・ザカート法などのイスラム的な諸法令が制定
された。

レフォルマシ時代のユーフォリアが、問題を煽るシャリア関連の地方法規をたくさん出現
させた。宗教関連の共同大臣規則にも問題があふれている。

憲法・法律・細則などにあまり問題がなくなったとしても、現場行政はなかなかそう行か
ない。多くの地方で、宗教施設建物を建設するのは、まだまだ困難だし、アフマディヤ派
やシーア派の信徒は依然として差別を受けている。宗教不寛容は相変わらず出現している。
[ 続く ]