「スラバヤ・スー(52)」(2017年03月07日)

タントリは今回かれを訪れて、オーストラリアへ渡る資金ができるまでジャワ島にもどろ
うかと迷っている、と打ち明けた時、かれは強く反対した。

「だめだ、だめだ。絶対に行っちゃいけない。オランダは総力をあげて大攻勢をかける計
画を立てている。共和国側にそれをとどめる力はない。あなたは殺されるかもしれないし、
軽くても牢獄につながれて二度と日の目を見ることはできないだろう。
あなたがオーストラリアへ行くことは、ますます重要になってきている。オーストラリア
の港でオランダ船のボイコットを続けさせ、武器弾薬がジャワに運ばれるのを妨害するこ
とや、オーストラリア北部の過疎地の飛行場をオランダ軍が利用して必要な物資を空輸し
ているのをオーストラリア国民に知らせてやめさせることはあなたにしかできないのだ。
そればかりか、オーストラリア国民が必要としている茶・コーヒー・砂糖その他の農産品
はインドネシアの倉庫に満ち溢れているというのに、オーストラリアはそれを手に入れる
ことができない。金を山積みにしても、オーストラリア船がジャワの港にたどり着くこと
はできないのだ。
クトゥッ、あなたはジャワでなく、オーストラリアへ絶対に行かなければならないのだ。
あなたはイギリス人なのだから、オーストラリアの民衆はあなたの言葉を受け入れるだろ
う。よし、往復の旅費はわたしが払ってあげよう。エコノミークラスのケチな旅はしない
で、一等キャビンでゆっくり心身を休めて、オーストラリアでの活動の英気を養うよう
に。」

「どうしてあなたはインドネシアの独立をそんなに気にかけてくださるの?」

「マラヤとインドネシアは、言ってみればいとこ同士だ。文化や言語や宗教や、いろんな
面でつながりがある。マラヤ半島とシンガポールを支配しているのはイギリス人であり、
石頭のオランダ人ではない。イギリス人はこの地の独立について地元民と話し合うことを
拒否しない。もしインドネシアが真の独立を勝ち取った暁には、マラヤとシンガポールの
独立は時間の問題になる。」

タントリはその申し出を受けることにした。もちろん、費用は借金の形にすることをタン
トリは言い張り、華人はタントリの面子を立てるためそれに従った。


その華人に見送られて、タントリは船上の人となった。快適な航海のあと、船はパースに
寄港した。船のタラップが地上に降ろされるやいなや、大勢の地元報道陣やカメラマンが
船上にやってきてスラバヤ・スーを探した。港湾労働者たちもその後に続き、競ってタン
トリと握手した。カメラマンがその様子を見てポーズの注文をつけ、何枚も写真を撮った。
記者が「白豪主義をどう思いますか?」とコメントを求めて来たのは、アジア人の中で暮
らしてきたクトゥッに対する牽制だったのかもしれない。

翌朝、地元新聞のすべてが第一面にスラバヤ・スーの記事を載せた。記事の中味はスラバ
ヤ・スー個人に関する話題がほとんどを占め、インドネシア独立とそれを瓦解させようと
努めているオランダという構図の政治問題にはほとんど触れられていなかった。タントリ
はがっかりした。[ 続く ]