「スラバヤ・スー(55)」(2017年03月10日)

オランダ領事宛ての抗議書は、ひとりの女子学生が持っていた。かの女は警官隊の人垣を
かいくぐってビル内に入ろうと努めている。しかし何度かはじき返されて路面に転がった。
衣服は破れ、髪はバサバサ。それでもかの女は努力をやめない。ふらつきながら起き上が
ると、また人垣を破ろうと試みる。そうしてついにかの女は成功した。人垣を抜けると、
ビル内に駆け込んだのだ。警官数人がその後を追う。目を瞠るような速さで会談を駆け上
り、領事館のあるフロアまで上がると、ロックされている扉に突進した。そして抗議書の
入った封筒を扉の下の隙間に差し込んだのである。追ってきた警官がかの女を捕らえるの
と、ほんのわずかな時間差しかなかった。

路上では、あちこちで警官のホイッスルが鳴り響き、警察車両がサイレンを鳴らして集ま
って来る。捕まった大学生たちは警察車の中に押し込まれていた。ところが、抗議書が領
事館内に投げ込まれた情報がデモ隊に伝わると、学生たちは一斉に現場から逃げ出した。
路上の大乱闘はあっという間に終焉し、捕まったかなりの数の学生を残してデモ隊はひと
りもいなくなってしまった。

シドニーの新聞は警官隊の横暴に非難の大合唱を発した。警官隊の後ろで糸を引いた領事
館のオランダ人に対する非難を言外に込めて。学生たちの親も怒りを表明した。その中に
は政界の要人も混じっている。こうして政界の中に、政府はインドネシア問題を国連で審
議にかけるよう求めるべきだ、という声が強まっていった。

オーストラリア政府がその方向に動きを開始する。インドでもネール首相が国連でオラン
ダのインドネシアでの武力攻勢を非難した。こうしてオランダはインドネシア共和国に対
する抑圧行動を容易に行えないようになっていったのである。

その反響の大きさに、デモに参加したシドニー大学生たちのほうが驚いたようだ。タント
リは各所で講演を続けつつ、警察に逮捕された学生たちのために法支援拠金を求めた。裁
判所は最終的に学生たちを無罪放免した。


ある日、オランダ人から電話がかかってきた。「たいへん重要な用件であなたに会いたい。
」と電話の主は言う。タントリは「どうぞ、うちへお越しください。」とかれを招いた。
改心したオランダ人がインドネシアのために何か貢献をしたいとでも・・・?『それは夢
物語だわ。』とタントリの心の奥で声がした。

アパート建物の中でその客人の足音がしたとき、タントリは典型的なオランダ人植民地主
義者の姿を思い浮かべていた。傲慢で、他人を見下そうと努める、粗雑な神経をした男た
ちを。

相手を呼びつけて当然の自分が、相手の家まで出向いている。そんな自分を赦せないとい
う気分に満ちていることが、冷たい姿勢から読み取れた。かれは前置きなどなしに、すぐ
に本題に入った。[ 続く ]