「スラバヤ・スー(56)」(2017年03月13日)

「わしはかつてジャワに住んでいた事業主の集まりを代表して来た。あんたに10万フル
デンを用意している。あんたがオーストラリアから早急にアメリカなりイギリスなりに去
って、インドネシアのことにあれこれ口をはさまないのが条件だ。あんたはインドネシア
にまったく無用の人間だ。あんたは外国人なんだから。」

タントリは無言で相手を見据えている。

「10万フルデンあれば、あんたの今後の人生は安逸だ。死ぬまで楽に暮らせる。あるい
は、どこかほかの国でホテルをまた開くこともできる。
あんたはあのインドネシア人たちに体よく利用されているだけだということに気付かない
のか?かれらが独立してしまえば、あんたのことなど忘れ去られてしまう。せっかくこれ
まで努力してきたというのに、そうなったらあんたはどうするんだ?そうは言っても、か
れらが叫んでいる独立など、絶対に実現はしない。もう少しすれば、われわれオランダ人
はまたあそこの支配者になる。そうなったら、あんたは二度とインドネシアの土を踏むこ
とはできないぞ。」

タントリは口を開いた。腹の中は煮えくり返っている。
「こんな作戦を立ててくるなんて、インドネシアから搾り取れる利益はまるで無尽蔵みた
いね。インドネシアは人口7千万人。そのひとりひとりにあなた方が百万フルデンを寄付
してくれたところで、わたしに第二の祖国を裏切らせることはできません。インドネシア
が本当に独立を得たあとで、かれらがわたしのことを忘れてしまうですって?それのどこ
が悪いの?独立魂の大洪水の中で、わたしは単なるひとつの波でしかないわ。わたしは何
年もの間、オランダ植民地支配の下で生きてきました。あの時期にわたしが体験した美徳
はほんのわずかしかなく、悪徳だけは山のようだった。
オランダ本国をナチスの軍隊が蹂躙してあらゆるものを奪ったときにオランダ人が怒りを
まき散らしたのはどうしてだったのでしょう?ところが、連合軍がオランダを解放したと
たん、今度はインドネシアに同じことをしようっていうわけ?インドネシアの富は3百年
間もオランダに奪われ続けて来ました。そのお返しを、たとえほんの一部分でもいいから、
それをする時が今やってきているのです。」

蔑みのこもった視線をタントリに向けて、その男は言う。
「白人女性であるあんたが、絶対にあんたと同じ地位に就けない民族のために闘おうなん
て、わしにはまったく理解できない。褐色や黒い肌の連中のほうが好きだなんて、白人の
どこがお気に召さないのかね?」

タントリは男が玄関に置いた帽子を手にしてかれに突き付け、扉を開いた。
「オランダ人のあなたは、当然キリスト教徒なのでしょうね。あなたの創造主の肌の色は
何色だったの?人間はみんな同じだというセリフを聞いたことがないのかしら?わたしは
昔から、ずっと色盲だったのよ!」

タントリは溜まった怒りを吐き出すかのように、扉を叩きつけた。目から涙があふれて、
止まらなかった。[ 続く ]