「トゥガナン村のバレアグン」(2017年03月31日)

古い歴史と長い伝統を持つトゥガナン(Tenganan)村のバレアグンは、村人たちの共同生活
の精神を映す重要な空間のひとつだ。頑丈な木の柱とイジュッで葺かれた厚い屋根は、村
人たちがより優れた共同生活のあり方を協議し、また一連の宗教祭事を打ち合わせる姿を
黙して見守って来た。バリ島最東端に位置するカランガスム県マンギス郡トゥガナンプグ
リンシガン村は、島内にある他の諸村と違っている。

観光客は大型観光バスや自家用車が十分に駐車できる村内の広い駐車場にまず到着する。
受付ポストで、村への寄付金が納められる。ガラス扉を備えた小さい展示場には、さまざ
まな写真家が撮影したトゥガナン村の情景が展示されている。アユナンやムカレカレなど
年央に催される祭事の写真、村人の一日の生活、儀式などの写真もある。飲食物を観光客
に販売する小さいワルンもある。村の表広場は整然と整えられ、掃除が行き届いている。
14世紀にジャワでマジャパヒッ王国が崩壊したとき、王家のひとびとが姻戚関係にある
バリ島に大勢のジャワ人と共に移住したが、それ以前から存在していたトゥガナン村は、
そんな歴史の流れを横に見ながら、バリ土着の文化を連綿と引き継いできた。今バリ島内
でトゥガナン村はバリムラ(Bali Mula)と呼ばれている。

< コミューン空間 >
村内に足を踏み入れると、表広場の右側には古い柱に支えられイジュッやルンビアで葺か
れた屋根を持つ伝統家屋が行儀よく並んでいる。広場の左側には壁のないバレと呼ばれる
たいへん大きな長方形の建物が北から南に連なっている。それが村の集会場バレアグンだ。
その日、村の女たちが何人もそこでジャヌールを作っていた。ある家庭で祭りごとを祝う
ために、村人たちがその準備をしているのだ。ここでは、そんな共同生活の形がごく自然
に営まれている。

集会があるからそこに集まるのでなく、ひとびとはバレアグンを日常生活の一部とし、そ
こへやってきて触れ合いの時間を持つことを日々の習慣にしているのだ。夜になると、村
の世話役や指導層がそこに集り、起こった問題の解決や生活改善のための談合をする。そ
こは村民生活にとっての行政センターにもなっているのである。

村の世話役は十分に年令の熟した夫婦6組が選ばれる。もちろん特定条件を満たさなけれ
ばならない。言うまでもなく、世話役は個人生活を犠牲にしてまでも村全体の善に奉仕す
ることが求められる。世話役の会合には村人も自由に参加して問題提起や解決提案を行う
ことができる。

アダッや他の決まりに違反する行為が起れば、バレアグンは裁判所にもなる。世話役が全
員でその処置をどうするか話合い、村民の代表者たちも参加して討議が白熱することもあ
るそうだ。


バリ文化研究者によれば、バレアグンは村人が営む暮らしの単なる器でしかないわけでは
決してなく、それ自体が村民生活の意義を象徴するシンボルを表わしているそうだ。

カジャ(kaja 北)からクロッ(kelod 南)に伸びて建てられているのは、北に山があり南に
海があるこの地の地勢に合わせて、山が意味する誕生と海が意味する死をそこにシンボラ
イズしたものであり、人間の生命循環を象徴する哲学が込められている。

北側はまた、儀式の際にもっとも頻繁に捧げられる豚を屠るための場所であり、儀式を司
る村民の家庭が納めてくる奉納品をまとめる場所でもある。儀式が行われるのは南側だ。
儀式の最後に既婚の男女が集まって懇親するサンクパンは再び北側に移る。

村人たちは定められたアダッを尊重遵守して暮らしている。それがトゥガナン村の共同生
活の土台になっているのだ。たとえば、住んでいる家の土も石も、所有権は村にある。住
民が勝手にそれを誰かに売るようなことは認められない。建物を建てる際に使われる材木
は枯死して倒れたものしか使ってはならず、おまけにアダッで禁じられている樹種は使え
ない。森の中に生っている果実も、それをもぎ取ることは禁じられ、地面に落ちたものだ
け拾って食べることが許されている。アダッが人間に対して自然と共に生きることを教え
ているのはバリ島でも、ヌサンタラの他の場所でも同じだ。