「太陰暦と太陽暦は互角か?(1)」(2017年04月04日)

インドネシア語で日を表すhariという語はサンスクリット語から来たものだ。サンスクリ
ット語のhariは「日」「太陽」「クリシュナ」「ウィスヌ」を意味する。

hariもしくはharihは高位神ウィスヌの一千の名前の650番目に登場する。そこではハ
リが破壊者を意味しているが、それは生死サイクルの苦難がもたらすサムサラを粉砕する
破壊者ということなのだ。破壊がなされることで新たな生が起こって来る。変転するダイ
ナミズムが往々にして人間の維持への欲望を醜悪な姿にあぶり出すのを、永い人類史の中
の至る所でわれわれは目にすることができる。そこに不滅な真理が横たわっているように
わたしには思えてならない。

クリシュナを信仰しハリを崇拝する信徒たちは、黄色い長衣を着て賑やかな音楽に伴われ、
くるくる舞いながら「ハーレークリシュナ」「ハレクリシュナ」とマントラを唱えて公共
スペースを練り歩く。マハトマと尊称を冠して呼ばれるモハンダス・カラムチャンド・ガ
ンデイーはかれらをハリジャンと名付けた。「Children of God」がその意味だ。

インドネシア人はだれでも、マタハリ(matahari)という言葉を知っている。あらゆる生命
の根源たる「ハリの目」こそが太陽なのである。太陽光に黄金色を見出すのは、世界中で
みな同じようだ。サンスクリット語でhariはその色を指すこともある。

こうしてマタハリが地上を照らしている「とき」をハリと表現する慣習が成立した。原初
的に、一日というのは太陽が地上を照らしている間という意識がまず人類に定着したよう
だ。


もともと昼行性の人類は「とき」の基準を太陽に求めたにちがいない。時間というエンテ
ィティをつかむ機会を最初に人類にもたらしたのが、その24時間のほぼ半分を占める
「日」だったのではあるまいか?

したがって、太古の人間にとって一日というのは太陽の出ている間という感覚で十分だっ
たように推測される。その期間にサバイバルのために必要なことをかれらは行っていたは
ずであり、夜というのは一日の疲労を癒し、また次の一日の活動にそなえて体力を回復さ
せる「とき」だったはずだ。太古の人類がそうやって日常生活をしっかりと営むことに全
人格的能力を使っていたのであれば、一日というのは最初は日照時間帯を指し、その次に
朝から次の朝までという一日24時間方式の定義に変わって行ったように思われる。
[ 続く ]