「青年と死の美学」(2017年05月22日) 2017年5月10日夜、北ジャカルタ市北ラワバダッ町のカフェの表に止めてある二輪 車のひとつをいじくっている男がいた。男の近くには仲間と思われる者がもうひとりいて、 周囲の様子をうかがっているようだ。地元民のひとりがその様子に気付いて、叫んだ。 「マリン!マリンだぞ!」 辺りにいた何人もの男たちが駆け寄って来るのを見て、二輪車泥棒のふたりはすぐに逃げ 出した。ふたりは別々の方向に向かって逃げる。袋小路に逃げ込んだひとりは、追い詰め られて民家の屋根によじ登ると、向かって来る地元民や警察員に拳銃を乱射した。市民の ひとりは腿を撃たれて倒れ、警察員のひとりも胸に銃弾を受けて倒れた。 追手の身が引けたところで、泥棒は再び逃げようとして走り出す。この泥棒はトゥグウタ ラ町の方へ逃げたが、市民と警察員は執拗に追い続ける。泥棒はマワル8通りの民家の屋 根に上がると仁王立ちになり、追手めがけてまた拳銃を乱射した。 追手側からすれば、全身をさらして仁王立ちになっている姿は良い標的になる。この男は 自分が不死身だとでも思っていたのだろうか?あるいはヒーロー(強い男)願望が死を恐 れぬ姿を示すようにかれを導いたのだろうか? 警察員が民家の中へ入って、その男に銃口を向ける。屋根の下の路上からも警察員の銃口 が男を狙う。仁王立ちの男は逃げ隠れしようともせず、警察員の銃口に立ちふさがった。 さも「撃って見ろ」と言わんばかりの振る舞いだ。 家の中に入った警察員の銃が火を吐き、銃弾は泥棒の背中に命中した。男は屋根から転が り落ちて絶命した。こうして二時間かけた銃撃戦は幕を閉じた。 警察の調べで、ヒーローを実演したその二輪車泥棒はソピヤン17歳と判明した。銃撃戦 の舞台となったその家の天井板には銃弾が突き抜けた穴があり、また瓦やアスベスト板も あちこち割れており、屋根にはソピヤンの血痕が残されていた。 ヒーローは理非もなく、死の美学に包まれてしまうのだろう。わずか17年の人生。いっ たい何のためにこの世に生れて来たのだろうか?