「外国人留学生ウエルカム(後)」(2017年05月31日)

トルコ出身のシュレイヤ・ハクセヴェルは教員課程の第6スメスターに在学中。インドネ
シア滞在がもう一年になるが、かの女はインドネシア料理が大の苦手。初めてジャカルタ
にやってきて一週間インドネシア料理で暮らし、そして病気になった。不潔な場所で食べ
たのかもしれない。しかし今ではナシウドゥッやスブラッも食べられるようになっている。
インドネシアでの暮らしに早くなじめるよう、かの女はコスで生活している。友人もたく
さんできた。かの女はジャムを作るのが得意で、そのたくさんの友人はかの女のジャム販
売のお得意さんだ。ジャムにするために果物をコスから近いチプタッ市場へよく買いに行
く。


ヨグヤカルタのインドネシアイスラム大学にも留学生がいる。タイ南部のパタニ地方から
来たソルリハだ。かの女も最初、甘さと辛さをミックスさせたジャワ料理になじめず、食
べ物で苦労した。おまけにどこの食堂ワルンに入っても、ナシとアヤムのメニューが必ず
あることに驚かされた。

しかしインドネシア語の苦労は最初からほとんど感じない、とコミュニケーション学を専
攻しているソルリハは言う。「タイの南部地方はマレーシアのムラユ語に似た言葉が使わ
れているので、インドネシア語にも似ているから何も問題ありません。もちろん違いはあ
るけど、2か月もいれば全部わかるようになりました。わたしは旅行好きだから、ソロや
ボロブドゥル、ブロモにも行きました。でもインドネシア人って、すぐに男女のカップル
になるんですね。旅行先ではみんなカップルばかりだから、ひとりで行くと何となく押さ
れますね。」

ソルリハの兄がヨグヤのアフマッダフラン大学でアラビア文学を専攻している。ふたりは
あるとき、レンタルオートバイを借りて旅行に出た。そして事故に巻き込まれたのだ。ソ
ルリハは軽傷だったが、兄は重傷を負った。兄は無免許だった。

ソルリハはパニックに陥って、泣きながら母親に国際電話をしたそうだ。警察が来て事故
処理をし、そしてオートバイとSTNKを回収したが、兄の運転免許証については一言も
触れなかったそうだ。


かれら外国人留学生たちはたいてい、奨学金で留学している。ガンビア政府の保健と環境
保護のための奨学金に応募したバブカルは、アジア諸国の留学先の中からインドネシアの
シャリフヒダヤトゥラ国立イスラム教大学に割り振られた。かれ自身がインドネシア行き
を望んだわけではなかったのだ。

ファンナはインドネシア政府の奨学金を得て、インドネシアに来た。インドネシアの教育
はガンビアよりずっと進んでいる、とかの女は言う。「ガンビアに大学はひとつしかあり
ません。わたしはここの学業を終えたら、祖国に帰って教育の道に進み、ここで学んだこ
とを実践するつもりです。」

かれら留学生がインドネシアで得るものは、学業だけではない。シュレイヤは語る。「イ
ンドネシアの社会生活にある寛容性をわたしは学びました。国民マジョリティがムスリム
であっても、他の宗教のための礼拝や信仰の場所があちこちに用意されていて、共存して
いるのですから。」[ 完 ]