「スハルトの綴りはどちらが正しい?」(2017年07月06日)

ライター: 国語学者、著述家、サロモ・シマヌンカリッ
ソース: 2005年9月30日付けコンパス紙 "Soeharto atau Suharto?"

インドネシアニストのウィリアム・リドル氏の著作Revolusi dari Luar: Demokratisasi 
di Indonesiaの編集をしていたとき、その著作の出版に関わっている友人から質問を受け
た。どうしてSoehartoと書くのか?Suhartoではないのか?反対にSukarnoはSoekarnoでは
ないのか?わたしは軽く答えた。「スハルトはまだ元気であり、われわれはかれの望む綴
りを書くだけだ。スカルノはもう没したから、かれのアイデンティティ書類に拘束されな
い。われわれは現在有効な綴り方に合わせて書く。」

ある個人の名前を書くのに、どこでも一様にはなっていない。たとえばインドネシア聖書
院発行の聖書にYakobusと記されている人物は、英語国のバイブルにはJamesと書かれてい
る。フランスのRene Descartesは、ラテン語世界ではRenatus Cartensiusだし、テンポ誌
ではUsamah bin Ladinとなっている人物に対してコンパス紙はOsama bin Ladenという名
称を選んだ。


去る8月末にリドル氏の著作が発行された後、別の友人が同じような質問をしてきた。質
問と言うよりは、提言だろうか。「あなたはSuhartoと書くべきだ。なぜなら、かれこそ
が1972年8月17日にEjaan Bahasa Indonesia Yang Disempurnaka (EYD)の発効を命
じた人間なのだから。それを命じる文書にサインした人間がその内容に従わないなんて、
ありえないことだ。」

正直言って、わたしは雷に撃たれた思いがした。スハルトが法に従わねばならないという
ことを、わたしは考えたことがなかった。Ejaan Bahasa Indonesia Yang Disempurnakan
の公式発効に関する1972年インドネシア共和国大統領決定第57号の中で、かつての
インドネシアの第一人者はサインの上にSoehartoと名前を書いている。しかしその決定書
の付表に示されたインドネシア語の綴り方の中に/oe/という綴りはまったく出てこない。
それはスワンディ式綴り方が誕生した25年前に、穴の底深く埋められたのだ。

インドネシアの文筆界で、著述家・出版者・政府機関のほとんどすべてはその独裁者が望
む名前の綴り方に従っている。反対に、インドネシア国外の文筆界のほとんどは、Suhar-
toと綴っている。スハルトとの間に支配―被支配の関係を持たないかれらは、かれらの外
の世界にある名前に対して執る姿勢に従ってその名前を扱っているのである。

この問題に関する国内の服従姿勢と国外の意志のコントラストは、REエルソン著のSu-
harto: a Political Biography翻訳版に明白に見受けられる。翻訳版を出版したミンダは
原著に忠実だった。なぜならエルソン氏の序文の最終パラグラフに、「インドネシア人の
名前の綴りは難しい問題であり、シンプルで一貫的であろうと望んで、わたしはEYDに
従った綴りを本文の中で使った。」と述べられている。だからSoehartoでなくSuhartoな
のであり、Selo SoemardjanでなくSelo Sumarjanになっている。しかし謝辞ではそれが一
貫していない。一方、歴史家アスヴィ・ワルマン・アダム氏の他序ではSoehartoがそのま
ま放置されている。

面白いことに、ホノルルに本部を置くアジアパシフィック保安研究センターのアンソニー
・L・スミス氏は「エルソン氏の書いたバイオグラフィーは奥が深く素晴らしい」と語っ
た。その著作には不足がふたつしかない、とかれは言う。
ひとつは、その前大統領の名前をSoehartoでなくSuhartoと綴ったこと。
もうひとつは、政治があたかもジャカルタにのみ存在したような焦点の当て方になってい
て、アチェやパプアのコンフリクトへの言及が少ないこと。


数日前、Dibawah Bendera Revolusi第一巻(1965年)の洗い出しを行ったとき、スカ
ルノが自分の名前をどれほどSoekarnoでなくSukarnoと書いていたかということをこの目
で確認した。オランダ語やいくつかの西洋語に堪能な初代大統領が自分の名前を、オラン
ダ風の綴りをやめてインドネシア的なものに変えたのと反対に、スハルトがオランダ風の
綴りに固執したことがわたしには不思議でならない。

その理由はふたつあるとわたしは思う。そのひとつは、かれらがそれぞれ担った大統領と
いう職務を各々がどう理解していたのかということがらに関わっている。もうひとつは、
言葉というものに対する見解に関わるものだ。

二番目のポイントについては、スカルノはあまりにもたくさん語り、また著述した。スハ
ルトよりずっとたくさん。Soeharto: Pikiran, Ucapan, dan Tindakan Sayaという567
ページにわたるスハルト自伝の中で、言葉(インドネシア語)に関する観点の盛り込まれ
たところは三分の一ページしかなかった。それ以外はすべて、権力の大海の中に沈んでい
る。この9月30日の言葉に関する質問は、「SoehartoそれともSuharto?」