「タンココバトゥアグスへファウナ観察の旅(後)」(2017年09月22日)

ガイドはヤキについて解説してくれる。ヤキはスラウェシ島にのみ生息している原生種の
サルで、今では3千匹に減ってしまった。かれらはグループに分かれて群棲しており、最
大でも110頭が単一グループの限界で、それ以上増えるとグループがふたつに分かれる
らしい。

その場所でヤキを観察していた別の旅行者は、イギリスから来た若い夫婦と子供の三人連
れだった。かれらのガイドが記者のガイドに情報をくれたのだ。まだ赤ちゃんの子供はヤ
キのふるまいを見て笑っている。両親はその子に特別な体験を与えたくて、ここまでやっ
てきたのだそうだ。


ガイドは記者を、次の観察対象であるメガネザルに誘った。たしかにメガネザルはいたる
ところにいた。小さな体に大きな目をしたこのサルは、木の幹や枝の裏側にいて、目にも
とまらぬ素早い動きで場所を移動する。15センチくらいの体長なのに4メートルも跳躍
する。昔、夜に獲物を狩りに森に入ったハンターが懐中電灯の光を木に向けた時、ふたつ
の目玉が闇の中で光を反射した。その目玉はあっと言う間に別の木に移動し、そして宙を
飛んだ。ハンターは驚いてその動物を幽霊猿「monyet hantu」と呼んだという話だ。

メガネザルは特定の木に巣を作り、夜中に餌を探して活動し、夜明け前に巣に戻ってくる。
ガイドはどの木にメガネザルの巣があるのかを知っているから、客にメガネザルを見せる
のに苦労はほとんどいらない。

木のくぼみに隠れて頭だけ出しているメガネザルの体は木の幹と同じ色になっている。昼
間かれらが活動しないのは、鷲などの猛禽類に襲われるのが怖いからだ。ガイドはメガネ
ザルが餌を捕獲するシーンを客に見せるため、虫を巣から近い木の幹に置いた。

あっと思う間もなく、メガネザルは隠れ場所から飛び出してくるとその虫を捕まえて元の
位置に戻った。そして様子を伺いながらじっとしている。記者はそのとき見えた後ろ足の
長さに驚嘆した。まるで全身の四分の三が脚であるように思えたのだ。


犀鳥やカワセミの姿もトレッキングの中で見ることができた。たとえ高い木の遠くの枝に
とまっている姿であっても、鳥たちの姿ははっきりしていたし、犬の吠え声に似た犀鳥の
声もまるで森の王者のように樹木の間に響き渡った。

森の中には珍しい木も生えている。アラ(ara)という名の木は別名beringin pencekikとも
呼ばれ、その名の通り別の木にからみついて締め上げ、その木を殺して自分が替わりの巨
木になる。つまり寄生植物なのだ。高さは70メートルにも達し、幹の幅は4メートルに
もなる。

最初、サルや鳥が木の幹に種を落とし、発芽する。そして宿主の養分を吸いながら宿主と
共に成長する。そうしてから根が伸びて、宿主の幹に巻き付きながら土中に潜っていく。
根が宿主の幹にからみあって宿主を締め付け、宿主は腐って朽ちる。宿主がなくなっても、
その外側に形成されたアラの木は、内部が空洞のまま天空向けてそびえたつ。

その空洞の中に入って空を見上げれば、自然界の不思議さが訪問者に伝わってくるのは疑
いない。タンココバトゥアグス山国立公園内での3時間にわたるトレッキングで、記者は
大自然の驚異にまたひとつ目を開かれた思いを抱きながら、都会の喧騒の中に戻って行っ
た。[ 完 ]