「日本軍が土地を接収」(2017年12月22日)

2017年8月4日付けコンパス紙への投書"Tanah Dirampas Tentara Jepang"から
拝啓、編集部殿。わたしとわたしのファミリー三人は、バンテン州タングラン県ルゴッ郡
ランチャゴン村に46,465Haの水田と陸地から成る農地を持っています。

1943年にタングランを支配下に置いてから、日本軍はその土地全域を戦争遂行のため
に取り上げて占拠しました。戦争が終わったなら、その土地は元来の所有者に返還される
ということでした。あのような状況下におけるそんな申し出に、いったいだれが「ノー」
と言えるでしょうか。占拠されたその土地をわたしどもはやむを得ず諦めて、事態の推移
に委ねることにしました。わたしどもはその土地を去るしかなく、しかたなく別の土地に
移り住みました。

1945年1月19日、日本側は1万ルピアを当時の村長に託しました。その金はわたし
どもの新しい居所での生活とその費用を援助するためのものであり、土地買上げ代金では
ない、という話だったのです。日本がインドネシアを占領したとき、依然としてオランダ
語での「koop en verkoop van onroerende is verboden(不動産の売買を禁止する)」と
いう通達が出されました。それが日本軍政期の原則だったのです。


1950年5月9日付けの内務大臣回状第H20/5/7号が出された後、わたしはタングラン
県令にクレームを提出し、それに応じてタングラン県チュルッ郡役場での公聴会が195
1年6月25日に開かれました。

公聴会が終わると、わたしどもはしばらく待つように言われました。というのは、チュル
ッのブディアルト飛行場に使われる土地の測量がそのときまだ終わっていなかったからで
す。

飛行場に使われた土地の代金はいまだに支払われていません。支払われたのはゴム園の木
の代金だけです。かれらはその土地が1945年1月19日に政府に買い上げられたと考
えていますが、その政府とはいったいどこのだれなのでしょう?

1945年1月19日には日本の政府がこの地を支配しており、日本軍政部は問題の土地
を購入していないのですから。

1997年にタングラン県国土管理庁はある民間企業の名義で108,520平米の土地
に対する所有権ステータスの土地証書番号00875 PS 538/1997を発行しました。公正な土
地所有権者からの権利譲渡も、ましてや所有権者への通知もないままに。
[ 西ジャワ州ボゴール在住、ウィルヤワン・ハルジャムリア ]