「ブタウィ語を知ろう(7)」(2018年02月20日) ジャワ語でウンガウングと呼ばれている、対話者の上下関係を使用言語に反映させるシス テムがブタウィ語にないことは既述した。ムラユ語系統の言語はそれを共通の特徴にして いる。インドネシア全土の共通語であるインドネシア語にムラユ語が選ばれたのは、その 要素が大きい理由の一つをなしているのである。 そうは言っても、長幼の間に生じる尊敬や親愛の情を示す言葉の用法に欠けているわけで はない、とブタウィ有識者は説く。馴れ親しむ姿勢は目上の者から目下の者に向けるべき ものであり、目下の者は目上の者に尊敬を示すのがアジア型人間関係の原理なのだ。加え てまだ互いに気心の知れあっていない相手には、尊敬を示す姿勢を執るのが社会的な礼節 とされている。 ブタウィ語で通常使われている一人称二人称代名詞である「gue」「lu」は粗野であると 同時に馴れ親しみを強く含んだ言葉であり、親しい間柄で、相互に対等もしくは相手が目 下という関係の場合にふさわしいものだ。 親しい間柄であっても、相手が目上であるという認識(つまり敬意)を示す場合には、 「aye」、「ane」、「kite」などを一人称、「ente」、「anta」、「disitu」などを二人 称に使うのが普通だ。 公的な場で相手への敬意を示す場合や、まだ気心の知れあっていない目上と思われる相手 に礼儀を示す場合には、相手の年恰好に従って「abang」「'mbok」「'mba」「babe」 「emak」「'nyak」「'ncang」「uwa'」「'ncing」など、家族関係の名称を示す言葉が用 いられるのはインドネシア語の場合と同様である。 ブタウィ(Betawi)という言葉の語源について説明しておこうと思う。ブタウィという語は バウタイ(bau tai)が転訛してできたのだと説く話がある。 1628年に行われたマタラム王国のバタヴィア出兵のとき、大軍による包囲攻撃にさら されたバタヴィア側ホランディア要塞守備隊のハンス・マデレン(Hans Madelijn)軍曹が 考え付いた糞尿作戦で、戦場が一面糞尿だらけになった事件のことだ。 糞尿爆弾を直接浴びせかけられたマタラム軍突入部隊兵士は「オーセイタン、オランホラ ンダバッカライサマタイ!」と叫んだそうだが、そこから離れた場所にいた兵士たちはも ちろんそんな戦闘状況を知る由もなく、じわじわと漂ってくる異臭に怪訝な表情を浮かべ た。火薬と血の臭いが当たり前の戦場に、辺り一面の空気がその異臭に包まれ始めたので ある。 しばらくしてからあちこちで、「バウタイ」「バウタイ」という声が交わされ始めた。そ れがブタウィという名称の発端であるというこの説は、漫談としか思えない。それを本気 で信じるインドネシア人もいないようだ。 リドワン・サイディ氏によれば、バタヴィアという町が建設されたあと、アルファベット をまだ知らないプリブミたちは耳で聴きとったバタヴィアという言葉をアラブ文字で書き 記した。アラブ文字でバタヴィアという音を表記するとき、batawiyaとなるわけだがアラ ブ文字表記は母音が省略される。その結果btwyに対応するアラブ文字が書かれ、バタ ヴィアという言葉をまだ耳にしたことのないひとびとがブタウィとそれを読んだ。ブタウ ィという語の発端はバタヴィアという言葉のアラブ語表記が発端だったというのがその説 だ。[ 続く ]