「悲痛な歴史感情を共有しよう」(2018年03月13日)

2017年11月18日付けコンパス紙への投書"Ingatlah Sejarah"から
拝啓、編集部殿。17年11月7日付けコンパス紙に掲載された投書に記されていた、
「プリブミ」という言葉の使用を禁止する1998年大統領指令第26号を読みました。
わたしの知識と合わせてこの情報を読者の皆さんと共有したいと考えます。

まだオランダ植民地時代だった1939年、わたしは小学校5年生でした。日曜日のある
日、わたしは父の漕ぐ自転車に乗って、ある建物の前を通りかかりました。その表門には
「Verboden voor inlanders」という文字が見えたので、父にその意味を尋ねました。父
は「Terlarang bagi kaum pribumi.」と答えました。

「kaum pribumi って誰のこと?」とわたしが尋ねると父は、「われわれのことだよ。オ
ランダに支配されているこの土地の住民だ。」と教えてくれました。

1945年にインドネシア共和国が独立しました。3百年を超えるオランダの植民地支配、
更に日本が支配した3年半の歳月を乗り越えて。

「プリブミ」という言葉はわれわれに、同等扱いされることなくただ蔑みの対象とされた
過去の暗い歴史を思い出させるだけのものなのです。だから1998年大統領指令第26
号はきわめて適切さに富んでいるのです。

植民地支配下に置かれた民族は悲痛なものです。
[ 南タングラン市在住、ティティ・スプラティッニョ ]