「ジャカトラ通り(11)」(2018年05月28日)

何十年か昔には、このようなストーリーが語られていた。
ピーテルにはミーダ(Meede)というヨーロッパ人の妻との間にできた娘がいて、この娘は
バタヴィア防衛軍の士官と恋仲になっていたが、ピーテルはヨーロッパ人を嫌うあまりそ
の仲を祝福しようとしない。
ミーダが自分の将来を思い煩って眠れない夜を過ごしているとき、庭の暗がりの中で何人
もの人影が家の裏手へ向かっているのに気付いた。ミーダは父親に知らせようと急いで父
親の寝室へ行ったが、ベッドはもぬけの殻。
父親を捜して邸内を周っているとき、裏庭に面した奥の部屋で押し殺したような人の声が
した。ミーダは足音をしのばせてその方へ向かう。その部屋では父親が十数人のプリブミ
たちと歓談していた。中へ入るに入れず、部屋の外で中の会話を聞いていたミーダの顔色
が変わった。「オランダ人を皆殺しにする」などという言葉が聞こえたからだ。
父親とプリブミの友人たちが何を計画しているのかを知ったミーダは、翌朝が待ちきれな
かった。いつものように朝食を済ませてから、何事もなかったかのようにミーダは友人宅
へ遊びに行くふりをして馬車を用意させ、家を出てから恋人のもとへ急いだ。
ミーダから叛乱蜂起計画を聞いた恋人は、急いでバタヴィア防衛軍司令官に面会を申し込
む。軍司令官は急遽、総督にその情報を報告した。そして1722年1月1日未明の逮捕
劇がジャカトラウエフの豪邸で繰り広げられることになる。

ところが今そのストーリーをインターネットで探しても、見つけ出すのは一苦労になって
いる。現在有力なのは、密告者がピーテルの邸宅で使われていた奴隷男だったということ
で、これは華人ムラユ文学者ティオ・イェ・スイ(Tio Ie Soei)氏が1924年に発表した
「ピーテル・エルベルフェルト〜ブタウィの一実話」と題する小説に描かれた内容と一致
している。
ティオ・イェ・スイ氏の著作は昔から語り継がれてきた数バージョンのひとつを自己の見
解から小説にまとめあげたものであり、史実を踏まえながら創作されたものであるのは明
らかだ。
ティオ・イェ・スイ作のストーリーでは、ピーテルが奴隷女に産ませた娘サリナが父親の
叛乱計画を知って苦悩する。サリナは母親と同様に奴隷の身分だが、ピーテルはサリナを
愛して小さいころから大切に育ててきたありさまが小説に描かれている。サリナは自分の
出生の秘密を知っており、いささか酷薄なピーテルに対しても父親への愛情を豊かに持っ
ている。ただし、両親もサリナも他人にその秘密を隠そうと努めてきた。サリナという名
前からして創作の匂いが芬々としてくるではないか。[ 続く ]