「ジャカトラ通り(12)」(2018年05月30日) ところが、このストーリーにはピーテルの妻もその妻が産んだであろう子供も出てこない。 ピーテルがヨーロッパ人社会を憎んでムスリムとしてプリブミ社会に深入りすれば、ヨー ロッパ人の妻と子供は居場所を失ってしまうにちがいない。そんな状況の中でかれらがピ ーテルの家で一緒に暮らすはずがないのは明らかだ。 ピーテルが蜂起計画を二年間かけて練り上げてきたという話に従うなら、二年あるいはも っと以前にヨーロッパ人の妻と妻の産んだ子供はピーテルに絶望してその家から去って行 ったにちがいないと思われる。 オランダ人が奴隷女に産ませた子供でも、トアンが認知してヨーロッパ人としての一生を 歩ませた例は無数に存在しているにもかかわらず、サリナをわが子として愛しんだピーテ ルがどうして娘を認知して奴隷身分から引き上げてやらなかったのかという疑問の答えを 探すなら、やはりその辺りに答えが潜んでいるようにわたしには思えるのである。 さて物語は、1722年1月1日の夜明けを期して蜂起が実行に移されるという、その三 日前の情景からスタートする。ラデン・カルタドリヤが手下を伴ってピーテルの家を訪れ たとき、かれらの間で話されている内容をサリナがふと耳にして驚く。そのときサリナは、 同じ奴隷の若者アリも隠れてその話に聞き耳を立てていることを知る。 アリはサリナを恋しており、かつてピーテルにサリナと結婚したいと願い出た時こっぴど く叱りつけられ、トアンに憎しみを抱いていた。ピーテルはサリナを奴隷男の妻にする気 がなかったからだ。 だがアリはピーテルとサリナが親子の関係であることを知らず、他の奴隷には酷薄なトア ンがサリナだけには異常に優しいことを疑い、嫉妬を抱いていた。 サリナはアリを憎からず思ってはいたが、アリがサリナを駆落ちに誘ったときに拒否し、 自分がトアンを説得するまで辛抱してくれと頼んだ。それをアリは誤解し、恋敵のトアン に復讐するべく奴隷身分のまま主人の下から出奔する。 アリはバタヴィア防衛軍にトアンの叛乱蜂起計画を売り、バタヴィア防衛軍は1月1日未 明に蜂起のためにピーテルの家に集まって来ていた反乱部隊指揮者たち18人をピーテル と共に一網打尽にするのである VOCの記録を読む限り、そのようなストーリーが浮かび上がってくるのだが、本当にそ こまで煮詰められた蜂起計画があったのかどうかについて、疑う声がある。[ 続く ]