「南往き街道(38)」(2018年07月31日) ントン・グンドゥッに対する法執行がうまく行っていないことに業を煮やした副レシデン は4月10日、治安部隊を率いてントン・グンドゥッの家を包囲し、叛乱首謀者を逮捕し ようとした。 副レシデンが「ントン・グンドゥッは出て来い。外に出ておとなしくお縄につけ。」と呼 ばわると、家の中から「われは王であり、法律であろうがオランダであろうが、誰に従う 必要もない。」というントン・グンドゥッの声が聞こえた。 ほどなくしてントン・グンドゥッは40人の戦闘員を従えて外に出てきた。別の話では人 数は百人になっている。かれが手にしていたのは槍と鉈、そして星と三日月を白く染め残 した赤旗だった。 「アッラーフアクバル!」の声が太陽の下にこだまし、叛乱者たちは完全武装の治安部隊 に打ちかかって行った。そして銃弾による大殺戮がチョンデッの路上を血に染めたのであ る。ントン・グンドゥッは一旦逃げて再起を期そうと考え、チリウン川まで走ったが、川 を渡る前に銃弾が命中して動けなくなり、病院へ運ばれる途中でその生涯を閉じた。 インドネシアの英雄に関する民間伝承の中でかれらはすべからく魔術を使う不死身の英雄 となって出現するのが通例で、ントン・グンドゥッの場合も例外でない。かれがクリスを 抜き放って足を踏み鳴らし、「われは大地を踏み、大地は海となる。」と叫んだ時、外を 包囲していた警官隊は全員が武器を投げ出し、幻影の海の上を一生懸命泳いでいたが、部 外者の目には路上で腹ばいになり、泳ぐかのように手足を動かしている姿が見えただけだ ったというものがあり、またかれの不死身の術についてはこんな話になっている。 ントン・グンドゥッに従って蜂起した民衆が治安部隊の銃弾に次々と倒れて行く中で、ど の弾丸もントン・グンドゥッの肉体を貫通できないままにかれはチリウン川へ向かった。 かれの不死身の術には弱点があり、身体が水に濡れると効果は大幅に減退するのである。 治安部隊はその情報を手に入れ、黄金の弾丸を用意してかれが水に濡れるように陥穽を設 けた。 ントン・グンドゥッは再起を期して、そこから数百メートルしか離れていないチリウン川 に向かった。行く手を妨げず、むしろ容易に水辺まで達するようにしたというのだ。ただ しその行く手には、狙撃の才を謳われた治安部隊員が待ち伏せしていた。 ントン・グンドゥッは浅瀬伝いに川を渡ろうとして水中に入る。しばらくして川の中ほど にある浅瀬にかれの巨体が立ち上がったとき、一発の銃声がこだましてかれはどうと倒れ、 動かなくなった。[ 続く ]