「スロボヨアンとバハサアライ」(2018年10月15日)

ライター: 短編作家、レイニ・フタバラッ
ソース: 2012年11月30日付けコンパス紙 "Teks Iklan dan Gaul"

インドネシアでバハサガウルは時代性を持っている。携帯電話やインターネットの使用が
まだ限られていたころ、特に1990年代のジャカルタではバハサプロケムが若者たちに
一般的に使われていた。アーチストのデビー・サヘルティアンがバハサプロケム辞典を出
したこともある。インターネットベースのソスメドが21世紀の社会生活の一部分になっ
たとき、インドネシアのフェイスブックユーザーは世界第三位の4,306万人に上り
(2011年)、アライの名を冠するバハサガウルが発展した。標準的なエモーションコ
ードをはじめとして、排他的傾向を持つバハサアライも発展した。ソスメドに深入りした
者たちだけがそれらのコードを理解した。

インドネシアには文学者やウラマたちが言語発展に活躍した時代がある。インドネシア語
の発展史を理解しようとするなら、文学と宗教の諸作品を調べるのがよい。しかし情報通
信テクノロジーとのシナジー化を持つ資本パワーが動かしているデジタル時代において、
もっとも活発で創造的な言語生産者は広告宣伝界とソスメド界に住んでいる。多くの話し
言葉書き言葉による冗句が広告宣伝コピーライターによって生み出された。たとえば:
Kalau sudah duduk, lupa berdiri. 家具の宣伝
Wes ewes ewes, bablas angine. ジャムウの宣伝
タバコの宣伝には:
Susah ngeliat orang seneng, seneng ngeliat orang susah.
Gampang kok dibikin susah?
Terus terang, terang ga bisa terus-terusan.
Taat cuma kalo ada orang yang liat.

フェイスブックやツイッターなどのユーザーの多さが、標準インドネシア語とバハサアラ
イの乖離を激化させた。バハサアライの特徴は語の省略、浮揚感、掛詞、英語・ジャワ語
・ブタウィ語のガドガド。例えばLuv U, ciyus (serius), mo (mau), miyapa (demi apa), 
aq (aku), qt (kita), OMG (Oh My God), gw (gua), oon (bloon), gudnews (good news), 
otw (on the way), suerrr (swear), gpp (enggak apa-apa), ea (ya), so pasti (sudah 
pasti), macama (sama-sama), muaach (mengecup pipi)。バハサアライ文はインドネシア
語やジャワ語の標準パターンには我不関。発音が文字になる。


消費者民衆の心と記憶を捕まえようと、広告宣伝の徒はバハサアライの創造性を活用する。
それゆえに三週間前ベニー・スティア氏が標準ジャワ語の綴り方に従って採り上げたmak-
nyus, koaya roaya, buanyakは、広告宣伝やガウルの文脈に則して使われるべきだ。広告
宣伝やバハサアライの文にはガドガド言語があふれているばかりか、異常な言語と化して
いる。インドネシア語自体が元々ガドガドだったということでもあるのだが。

そのために、宣伝コピーやスロボヨアン式アライ方言を標準ジャワ語綴り方に従って批評
するのは、宣伝コピーやバハサアライ自体が持っている創造原理に反することだ。宣伝コ
ピーとバハサアライの間には相関的共生関係が存在している。rrruar biasa やtop marko-
topなどのようなジャワ語スラバヤ方言で挿入辞あるいはフリー小辞とされるものは存在
し続けるだろう。Cuapek, seduap, puanjang, 等々のように。広告宣伝コピーやバハサア
ライは疑いなく些事ではあるものの、それは明らかに存在しており、発展するのである。