「チャリクトゥは女の業」(2019年03月18日)

宿主に寄生して養分を吸い取る小さい虫をインドネシア人はクトゥ(kutu)と呼ぶ。ところ
が植物にたかる小さな虫をクトゥと呼ぶひともいて、どうやらそれが極小の虫を呼ぶ一般
名称であるように感じられるため、インドネシアでkutuという言葉を聞いたからといって、
即ノミやダニやシラミに結び付けるのもケースバイケースということになりそうだ。庭い
じりをしているインドネシア人にkutuを尋ねてみれば、違う虫を示す可能性は大きいにち
がいない。

シラミを特に弁別する場合は、kutu rambutと称した。昔の日本と同様、インドネシアも
シラミ天国であり、自然のままに近い暮らしを営んでいる庶民はほとんどが頭にシラミを
飼っていた。だから夕方など、マンディを終えた女性たちが集まると、互いに頭のシラミ
を探してつぶす作業を熱心に行い、その間四方山談義の花が咲いたそうだ。

シラミ探しか四方山談義か、いずれがメインストリームなのかよくわからないが、ともか
くそれは身だしなみのためであれ、保健衛生の補助作業としてであれ、参加する女たちに
とっては大いなる娯楽と慰安になっていた。女性たちの四方山談義はとどまるところを知
らないらしい。延々とゴシップを続けて仕事に身が入らなくなるというのがたいていの異
性の理解だから、男性優位社会では世界のいずこであれ、太古の昔からとても評判が悪い。


インドネシア語ではその習慣をcari kutuと言うのだが、その場合のkutuはkutu rambutを
指している。日本人がチャリクトゥに似たようなことを行っていたのかどうかよく分から
ないにしても、ニホンザルは間違いなく相互に身体のノミを獲り合っていたようだ。まし
てや「しらみつぶし」という熟語さえ存在しているのだから。

生産性ゼロのこの女たちに一喝を、と中部ジャワ州パティの県令は思ったのだろう。19
74年にチャリクトゥ行為の禁止を県民に命じた。井戸端会議での女たちの四方山談義な
らば水仕事を禁止するわけにいかないものの、チャリクトゥ自体に生産性などないのだか
ら、禁止するのは簡単だ。

そんなことをしている暇に、もうちょっと田んぼの作業に精出したり、あるいは手仕事で
何かを作って売るなどして、家庭の経済を助けることをせよ、と県令は指導したかったに
ちがいない。おかげでパティ県の女たちは、陰に回って小人数でチャリクトゥを行わざる
を得なくなった。


話では、体長0.25〜0.3センチの黒いkutu rambutを探し出すのは容易なことでな
く、大いに集中力と勘を働かせる必要がある作業だったそうだ。その果てに見つけ出して
捕まえると、その達成感がもたらす満足度は急上昇し、爪でプチッとつぶしたり、あるい
は歯で噛んでつぶすことで法悦感に浸ったという、嘘かホントかわからないような説明に
なっている。

kutu rambutが頭に取りつくと、メスは一日に卵を6個産み、8日ほどで卵は孵化する。
いつの間にやら頭はシラミだらけということになる。それに対抗するため、人間は特製の
くしを作った。ジャワでそれはスリッ(serit)と呼ばれる。その目の詰まった木製スリッで
頭をくしけずれば、シラミの卵も蛹も頭からこぼれ落ちて来る寸法だ。

1974年にフィリピンのファーストレディであるイメルダ夫人がボロブドゥルを訪れた
時、お土産にそのスリッとかんざしを購入して帰ったそうだ。


なにしろ昔は、「長い黒髪は女のいのち」と考えられていた時代であり、シラミにとって
は女のいのちのおかげで繁栄を謳歌することができたにちがいない。イスラムではその「
女のいのち」が男の性欲をそそるために男の社会生産性を低下させるとして、家庭の外に
ある世間に身をさらすとき、女は頭髪を隠さなければならないという教義が定着した。男
性のあなたは、長い黒髪を見るとそそられますか?