「クントガンに想う(3)」(2019年06月12日) 表題のクントガンkentonganはインターネット上で見る限り、学術的な内容にはクントン ガンが使われ、数人が原音により近いクントガンをブログの中で使っている。より高踏的 に見えるアカデミックな内容の中にそんな表記を見出すと、その記事の筆者は本当にイン ドネシア語を正しく理解しているのだろうかという疑問が心の端をかすめる。 もし正確にネイティブとの会話から収集した情報を示そうとするのなら、どうして自分自 身がネイティブとの会話にも使い、その中に出現した発音から離れたカタカナ表記を故意 に行うのだろうか? それが日本語におけるインドネシア語の正書法だと、どこかの外国語大学の先生が決めた とでも言うのだろうか?ネイティブの発音を正しく生徒に教えるべきインドネシア語の先 生が、そのようなことをするなどとは実に奇妙な話としか思えない。 それがありえないのであれば、故意にそのようなカタカナ表記をしていることの裏側にど のような誘因が働いているのだろうか?単なる伝統の力だと言うのであれば、日本国内の インドネシア語学界は社会性を示すこともせずにこれまで何をしていたのだろうか? インドネシア語の分節法に従えば、kentongに接尾辞anが加えられたkentonganはken+ tong+anと分解される。ton+ganにならないのは、語根がken+tongだからだ。 カタカナのクントンガンはken+ton+ganを表しており、インドネシア語の分節法に則し ていない。つまり/tong/の/ng/はひとつの音素を表しているものであるため、/n/と/g/ に分解できないということなのである。 tongがトン、anがアンと書かれるなら、kentonganはクントンアンとなる。そのときトン の口蓋鼻音[ン]の響きがアンと結びつくことによって/ngan/の音が出現する。連結音と呼 ばれているものだ。 それを音として表記すると、音節形態と異なる[ken+to+ngan]という形が出現する。クン +ト+ガン(ガは口蓋鼻音)がそれに対応するカタカナ表記であって、依然としてクント ンガンにはならないのである。クントンガンが実際面からも理論面からも不正確であるこ とが分かるだろう。 インドネシア語において、/ng/は口蓋鼻音の[ン]を表す二文字音素であり、それは分解で きないものであるという音韻論は正しく理解されなければならない。 Ngurah Rai空港はngu+rah+raiと分節される。n+gu+rah+raiではないのだ。/Ngu/という 一音をングと二音節にするのは原音からの乖離方向を示す以外のなにものでもないように わたしには思える。[ 続く ]