「ロムサ(1)」(2019年07月9日)

日本軍政がインドネシア語に残した言葉のひとつにbakeroというものがある。bageroと書
くインドネシア人もいるが、KBBIはbakeroを標準インドネシア語に採用している。日
本人が「バッキャロ〜」と怒鳴って原住民にビンタを食らわすシーンは日本軍政下のイン
ドネシアの様子を描いた小説に必ず登場するものと言って、過言であるまい。

そして、オランダ人はくどくどと理由を説明してから撲ったが、日本人は何も言わずに手
が先に出た、というセリフが続く。撲られたわけを自分で考えろという日本型教育哲学が
異文化では逆効果を持っていた。これはその種の例のひとつ、いや典型例とも言えるもの
ではあるまいか。

現代インドネシアの日常生活でバケロを使うひとはいないが、jibakuは日常会話にも頻繁
に登場する。jibakuもしくはjibakutaiという言葉は、当たって砕けろ精神でものごとに突
入して行く行動を表現する言葉として使われ、berjibakuという自動詞形が新聞紙面にもよ
く登場している。

イスラム過激派の爆弾テロ行動は日本でも自爆テロという言葉が使われているように自爆
の語義そのものなのだが、インドネシア語の報道にはjibakuという単語が使われない。使
われるのはbom bunuh diri(自殺爆弾)だ。jibakuの語は、たとえばPetugas berjibaku 
evakuasi korban tertimpa rumah ambruk ......というような例文に見られるとおり、わ
が身を顧みずに崇高な目的に向かって突進する精神を称賛するニュアンスが強く感じられ
るように、反社会的で独善的な爆弾テロ行為に対してjibakuという語を捧げることができ
ないという判断がその裏にひそんでいるように思われる。自爆は悪だがjibakuは善だとい
うこの価値の転換は、注目されてしかるべきことがらではないだろうか。


もうひとつ面白い表現として、丁稚小僧の姿に描かれた日本人のカリカチュアに、Haik!
という言葉というか、叫び声というか、そういう雰囲気の文字が書かれているものを目に
することがある。このHaik!というのは日本語の「ハイッ!」なのである。日本人が「は
い。」を元気よく発音するとき、インドネシア人の脳裏にはHaik!という綴りが浮かんで
いるに違いない。

先日、とあるスーパーの中を速足で歩いているとき、数人のインドネシア人の若者たちと
ぶつかりそうになった。するとかれらのひとりがわたしを日本人と見たのだろう、Haik!
とやってくれたのである。険悪な雰囲気はなかったから、ただの冗談だったにちがいない。
インドネシアの公共スペースで元気よく動いていると、周囲の人間は違和感を感じるよう
だ。

jibakuはインドネシア語に採用されているが、日本語由来のhaikは残念ながらインドネシ
ア語になるはずもなく、カリカチュアやジョークの中にしか使われない。

公式インドネシア語になっているもうひとつの単語はromusaだ。KBBIでは日本占領
期に重労働を強制されたひとびと、強制労働者、という語義が示されている。[ 続く ]