「異文化適応と祖国愛(後)」(2019年07月18日)

イタリアのミラノにイタリア人の夫と8年間住んでいるリスカ・ウランダリさんは二児の
母親だ。カルロくん7歳とマリナちゃん3歳はいつも仲良く遊んでいる。長男の出産のと
き、初産は何かと不安が多いだろうからと、リスカさんの母親がインドネシアから娘の世
話をしにやってきた。

母親が帰国するとき、娘に注文した。「孫にはインドネシア語を教えてやってね。祖父母
に会いに来たときに、言葉がまるで通じないでは家族関係があやしくなる。インドネシア
に大勢いる孫の兄弟姉妹たちとも仲良く交わって成長してもらいたいから。孫には、イン
ドネシアに自分の肉親がたくさんいるんだという気持ちを持ってもらいたいのよ。」

リスカさんは母親の意向に沿った。子供たちに意識してインドネシア語を教えた。子供た
ちは父親や周囲の環境からイタリア語を吸収し、母親からインドネシア語を学んだ。カル
ロくんのインドネシア語はなかなかのものだ、とリスカさんの友人は評している。

「外国暮らしをしているインドネシア人の愚痴話を聞く中に、里帰りしたときに子供たち
がインドネシアのファミリーとなかなかなじまないという話は少なくありません。言葉の
壁ができてるんでしょう。わたしは子供たちにインドネシアの歌をたくさん教えてます。」

だが問題がないわけではない。カルロくんの通っているプレイグループで先生が困ってし
まった。先生はイタリア語で話しかけるのだが、するとカルロくんからはインドネシア語
で返事が返って来る。それを逐一イタリア語に言い直してもらわなければ意思疎通ができ
ない。いくらバイリンガルでも、その場面に適切な言語を選択するというのは7歳の子供
にとってまだ難しいことであるようだ。

母親だけ国籍が異なっているため、一家四人が旅行しても母親だけ別の窓口へ行かされる
のが普通だし、またイタリアでの在留許可などの手続き問題もある。しかしリスカさんは
イタリアの国籍を取る意志がまだない。インドネシアの国籍法は成人に二重国籍を認めて
いないため、外国籍を得た場合は即時インドネシア国籍を失うことになっている。

かの女は自分がインドネシア人でなくなることを望まないのだ。「これは祖国愛なんです。
民族主義じゃありません。」リスカさんはそう言う。


イタリアのノヴァラに20年以上住んでいるユッさんも、子供たちにインドネシアへの愛
を持たせようとして、インドネシア語を教えた。イタリアで学校が夏休みになると、子供
たちを実家に送ってインドネシアの生活を体験させた。子供たちはたっぷりとインドネシ
ア語を身に着けて多重言語者になっているが、いつも夏休みになると「どこへも外国旅行
に行けない」と苦情を言っていた。この子供たちにとってインドネシアはもう外国でなく
なっているようだ。

母親の祖国であり、その国の言語を操れるからといって、それだけで祖国愛が育まれるも
のなのだろうか?言うまでもなく、母親は子供たちにインドネシアを理解し愛してほしい
と願っているのだが、祖国愛という語の定義からすれば、求めるほうが無理だということ
になるだろう。子供たちが生まれ育った風土と文化はインドネシアでなくイタリアなのだ
から。

要点は、異郷と異文化を愛することができるかどうかということにありそうだ。ましてや
その異郷に自分の肉親がいて、訪れたら親睦ともてなしのあふれる待遇をしてくれる。本
人がそこに快適さを見出せるなら、母親の母国に対する愛はきっと育まれるにちがいない。
[ 完 ]