「シリの歴史」(2020年06月05日)

シリの葉はただの葉っぱではない。この葉は何百年も昔からヌサンタラの伝統文化に密着
して発展してきた。ムラユの伝統の中でシリは敬意のシンボルとされている。客を歓迎し
たり、婚姻のための儀式など種々の催事が行われるとき、われわれはその実例を目にする
ことができる。

パントゥン、アダッの儀式や装飾、文献などがその歴史を物語っている。ムラユパントゥ
ン家のダトゥッ・アッマッ・ファウジ氏は花婿や花嫁の側に向けて作るパントゥンの中に、
頻繁にシリを読み込む。
Sirih puan bercambul lima
indah berukir kepala naga
Sirih tuan sudah kami terima
sudah disantap sanak keluarga

この短いパントゥンは普通、トゥパッシリtepak sirihの贈り物を受取ったあと、結婚の
宣誓が行われる前に女性の側を代表して男性の側に送られるものだ。ムラユ式婚姻儀式で
は、男性側は女性側にトゥパッシリを贈らなければならない。トゥパッシリの箱の中には
たいてい、花婿花嫁に宛てたパントゥンが置かれている。

トゥパッシリにはシリの葉・ピナンの実・ガンビルの脂・カプルの粉・細切りされたタバ
コ葉が収められている。中には、それにクローブの花を添えるひともいる。男性の側が大
家族であれば、女性の側に送られるトゥパッシリの数も増えていく。

シリは客を迎える家の主人からの敬意を示すシンボルでもある。その伝統は役所関連の公
的行事にも取り上げられ、住民の敬意を受ける高官が出席する集会でも、その慣習が行わ
れている。

< いまだに存続 >
北スマトラ州スルダンSerdangのスルダン王国アダッ頭領トゥンク・ルッマン・シナル氏
は、慣習祭事にシリが用いられることはいまだに続けられている、と語る。メダンの在来
市場にもシリ売り商人は大勢いる。シリを使うのは慣習祭事ばかりか、市井の一般庶民が
日常、対話を始めるときの端緒としても使っている。

シリに対する敬意の念がこうじて、ムラユ人はそれ専用の容器まで作った。地元の言葉で
チュラナceranaと呼ばれるトゥパッシリはたいてい、黄銅や銀で作られた四角い小箱だ。
箱の中は更に小さい箱に分けられ、シリ・カプル・ガンビル・タバコなどを整理できるよ
うになっている。

ムラユ文化の慣習の中だけでなく、バタットバ、カロ、シマルグン、ニアス文化でシリは
尊敬される地位を占めている。かれらの一部はシリを、親族間の談話の際のおやつにして
いる。

慣習としてのみならず、シリは保健食品として食されている。バタットバ族の50歳の女
性は30年間シリの葉を食べていると語る。シリとピナンとカプルを混ぜて煮込んだ水は
腰気に効能があるとかの女は確信している。歯を強くするために調合したシリもよく食べ
ているそうだ。

メダンのプリンガン市場でシリを販売しているかの女は、調合したシリを噛みながら買物
客の相手をしていた。シリの葉一束、ガンビルの脂、小袋入り粉末カプルのセットで1万
ルピアの値段。

メダンのサントトマスカトリック大学研究院長ポスマン・シブエア氏は、シリの葉は抗酸
化物質だと説明する。シリの葉には水蒸気蒸留法で抽出されるオレオレジンエッセンシャ
ルオイルが含まれている。このオイルは防腐剤として、また香料添加剤として使われる。
そしてまた、シリの葉の抽出物は活発に酸素と結びついて、抗酸化剤としても働く。それ
らの特徴が身体の健康に効果のある機能的食品の位置にシリを据えているのである。

< 由来 >
人間がいつからシリを摂取するようになったのか、多くの人がその由緒を知りたがってい
る。ムラユ文化研究開発院設立者のマッユディン・アル・ムドラ氏は、人間社会でシリを
食する習慣が始まったのはおよそ3千年ほど前の新石器時代だと語る。考古学発掘調査に
よってきわめて強い人間の歯が発見されていることがそれを証明しているとのことだ。そ
の歯を強固にしたのは化学成分の働きによるもので、ニリの際に調合されるカプル(貝殻
の粉末)がその原因と見られている。

マッユディン氏は、現在シリの由緒についてはふたつの説がある、と言う。ひとつはイン
ドからもたらされた習慣という説。13世紀のマルコ・ポーロの記録には、インド人は頻
繁にタバコ葉を食べている、という文が見られる。もうひとつの説は、ヌサンタラ由来の
ものだ。イブン・バトゥータの旅行記やヴァスコ・ダ・ガマの見聞録に東方(インドネシ
アを指している)のひとびとはシリを食べていると記されている。

マッユディン氏自身は、インド由来説の方が信ぴょう性が高いと見ている。かつてインド
では、シリは人間が食べるものでなく、ふたつに割ったヤシの実やピサンマスpisang emas
などと共に寺院で神に捧げるものとして使われていた。それが文化融合の結果、徐々に現
在のような使い方に変って来たのかもしれない。

メダン国立大学社会学歴史研究センター長イッワン・アスハリ氏は、シリの習慣は15世
紀ごろ東南アジアで始まったと考えている。シリは昔から日常生活での親睦のための食べ
物だった。それについての文献は中国人の馬歓が書いたものや、アンソニー・レイドの著
作が挙げられる。シリは必ず、ピナンの実、ガンビルの脂、貝殻の粉末カプルと調合され、
それが心身を気持ちよくさせるために、東南アジアのひとびとはそれを好んだ、とイッワ
ン氏は述べている。