「バタヴィア紀行(9)」(2020年06月27日)

レイスウェイクとノードウェイクにはさまれた運河でわれわれは、現代文明にふさわしか
らぬ光景を目にした。大都市の真っただ中の大通り沿いの運河で、大の男や女が水浴して
いるではないか。アムステルダムの運河でこんなことが行われたなら、たちまち大騒ぎに
なることだろう。しかしバタヴィアでそれを行っているのは、オランダ人でなかった。茶
色い水に身体を浸して水浴しているのはプリブミの男女、大人や子供たちだったのである。
運河をよく観察してみると、堤の上から水中へ降りて行くための8〜9段の階段があちこ
ちに設けられているのがわかる。

汚い泥水の中で遊び、大声で叫んでいるのはだいたい8〜16歳くらいの男の子だ。かれ
らは一糸まとわぬ全裸である。女性は大人から少女まで慎み深く、たいていサルンsarung
を使って胸から下を隠している。

ヨーロッパから来たばかりのわれわれ三人がもっと驚いたのは、運河の中で展開されてい
るそんな光景に、付近を通行しているヨーロッパ人トアンやニョニャ、お嬢さんがた、教
養あるひとびと、華人やプリブミに至るまで、だれひとりとしてそれに注意を向け、不快
な表情をし、口汚く侮蔑の言葉を罵るような者がいないということだった。

この天国のような土地には、ひとびとの間に素朴で純粋な慣習がまだまだ残されているの
だ。ところが夜が来ると、バタヴィア住民もヨーロッパの大都市と同じような顔を見せる。
レイスウェイクの道路脇に街娼が立って、客を待っているのである。


トラムがレイスウェイクを通り過ぎる間、車掌頭は目立つ建物を次々に教えてくれた。ホ
テルがあり、レストランがあり、内務省、総督宮殿、法務省、と白亜の壮麗な建物が目白
押しだ。

レイスウェイクにあるホテルの中では、ホテルネーデルランデンHotel der Nederlanden
が特に印象的だった。車掌頭が言うには、このあと通るモーレンフリート西にあるホテル
デザンドHotel des Indesの方がレイスウェイクのホテル群よりモダンで美しいそうだ。

レイスウェイクの豪奢な建物群ばかりか、運河の向こう側のノードウェイクにもヴィラ・
カフェ・店舗が並び、このバタヴィア随一の繁華街は贅沢で優雅な高級感に満ち溢れてい
る。加えてこの通りを往来しているひとびともそれにふさわしい雰囲気を漂わせていて、
バタヴィアのトップエリアを名実ともに充実させている。われわれはこの地区が大いに気
に入った。

制服に身を包んだ御者が走らせている高級馬車、将校、住民、ひとりで騎乗している女性、
色とりどりの服装のプリブミ、中華風衣装の華人。「ここは素晴らしいな」とヘンドリッ
ク。「汗をかかなきゃ、もっといい」とヘルメットを脱いだティマースマが応じた。ティ
マースマはときどきヘルメットを脱いで汗を乾かす。

「それは健康であることの証明だ。」と車掌頭が言った。「この東インドで汗をかかない
というのは、身体のどこかがおかしいんだ。病気なんだ。だから東インドでは、汗をかく
ことは健康のバロメータになっている。」

われわれは、夜になったら北側のノードウェイクを歩いてみようということに衆議一決し
た。車掌頭もぜひそうするように勧めた。


ハルモニ社交場の向こう側を南北に走っているレイスウェイク通りにはフランス地区があ
る。フランスのテーラー、床屋、変人たち・・・・

いよいよ有名なハルモニ社交場だ。外見からはまるで劇場のような印象だ。東はトーキョ
ーから西はボンベイまでの間で、ここがナンバーワンのクラブなのだそうだが、われわれ
は外から眺めるしかできない。建物はたいして背が高いわけでもなく、おまけに大通り沿
いぴったりの場所にあり、ほんの小さい庭園がベンチで飾られている。

車掌頭の話によると、クラブメンバーはほとんどが実業家と政府高官で占められていると
のことだ。毎週日曜の夜7時から8時半まで、軍楽隊がガーデンコンサートを行っている。
軍楽隊はその前の午後4時半から5時半まで、ヴァーテルロー広場で演奏してからここへ
来るらしい。[ 続く ]