「バタヴィア紀行(10)」(2020年06月28日)

西向きに走って来たトラムはここで右に曲がり、橋を越えてからモーレンフリート西沿い
を北上する。そこはカンプンプトジョKampung Petojoで、騎馬隊の営舎が設けられている。
橋の向こうの道路沿いにはエイヘンヘルプEigen Hulpの店がある。運河の反対側、ノード
ウェイクとモーレンフリート東の角地に大きい建物がある。ベランダに椅子が置かれてい
て、ヨーロッパ人の大人や子供がリラックスしている。車掌頭に尋ねると、ホテルヴィッ
セHotel Wisseだと答えた。

ほどなく、トラムの左側に広い公園があってブリギンberinginの巨木が木陰を作っている。
その奥に大きい建物があって広いテラスに椅子が並べられており、建物の左右の通路に沿
って更に奥の方にバンガローが並んでいる。これがホテルデザンドだったのだ。

このホテルの裏はプリブミのカンプンになっている、と車掌頭が言う。このホテルが東イ
ンドで最大最高級のホテルなのだ。「このホテルは高いと言われているけれど、東インド
の金持ちにとってはそんなに高いというほどじゃない。部屋の種類や大きさで値段は違う
が、一泊だいたい6〜10フルデンで、食事が込みになっている。一泊が17フルデンく
らいかかるシンガポールと比べてごらん。」

確かにバタヴィアのホテルは高くない。皮肉屋バス・フィートBas Vethはホテルヴィッセ
が最高のホテルで、しかも一泊わずかに5〜7.5フルデンだと書いている。ホテルヴィ
ッセは美しく作られている。レイスウェイクにあるグランドホテルGrand Hotel Javaやホ
テルネーデルランデンも建物のデザインは優れている。ただし、それらのホテルは懐古趣
味の客にぴったりだろう。

経済的な宿泊を求めるひとには、モーレンフリート西にあるホテルモーレンフリートHotel 
MolenvlietやホテルオルツHotel Ort、あるいはモーレンフリート東のホテルトラムズィヒ
トHotel Tramzichtなどがある。料金はひとり一泊3.5〜4.5フルデンだ。


タングラン方面に向かうガンシャウランGang Chaulan(今のJl KH Hasyim Ashari)を通
り越すと、ペンションスハウロットPension Schaurothの隣に公共事業省、そして東イン
ド鉄道局がある。この通りは週日だとたいへんな賑わいだが、日曜日は何もない、と車掌
頭が言う。週日には道路もトラムも、コタに向かうひとたちでいっぱいになる。路上には
自転車やサドや徒歩のひとびとがあふれる。午後一時の昼休みになると、プリブミの使用
人たちがトアンのための弁当を持って、トラムや徒歩でコタに向かう。夕方5時を過ぎる
と、そのトアンたちがヴェルテフレーデンのわが家に帰るために、逆向きの道路が混雑す
る。

ただ、この辺りのエリアは住むのに適していない。交通の大動脈のすぐそばで、おまけに
家屋は密集しており、オランダ人の奥さんは気が狂うかもしれない。ゆったりした広い家
に住み、表の道路とは前庭で離され、隣とは十分なスペースで隔てられ、爽やかな空気が
ほどよく循環する健康的な家に住まないで、東インド生活が成り立つわけがない。

モーレンフリート東には白塗りの大きいヴィラが玄関テラスを抱えて緑あふれる前庭の奥
に並んでいるが、西側は住宅密集地区で店舗や住居が道路沿いに並んでいる。たいていの
店舗はプリブミ・華人・インド人の店で、だいたい汚く、雑然としている。華人の入歯屋、
プリブミの時計修理屋、アラブ人の皮革販売店等々がひしめいているのだ。


「あれがムラユ劇場gedung komedi Melayuだ。」モーレンフリート東とプリンセン通り
Prinsenlaan(今のJl Mangga Besar Raya)の角地にある建物を車掌頭が指さした。そのマ
ンガブサール地区には検察庁長官や法務省高官からプリブミ下級官吏などが住んでいる。
車掌頭が指さした建物は巨大なテント様のもので、竹編み壁に屋根はルンビアの葉で葺か
れている。

「あそこは絶対見に行かなければいけない。廉いし、芝居はみんな結構笑わせてくれる。
ヨーロッパ人は滅多に見に行かないが、シニョsinyoやノニnoniは大勢やってくる。かれ
らはだいたい家にいてもすることが何もないから。」[ 続く ]