「トゥガルのモチ(終)」(2020年07月24日)

オランダ人はジャワ島に茶木を植えさせ、製品をヨーロッパに輸出した。ファン・デン・
ボシュの栽培制度時代にそれは多いに発展した。良質の茶葉はすべて輸出され、低品質の
ものだけがプリブミ労働者に回された。その背景がトゥガル人の茶の嗜好を形成した。茶
というものは、苦くて濃いものなのである。

茶の苦みは混じりこんだ茎が生み出すものであり、それが製品としての茶の品質を左右す
ることになる。そんな低品質茶にジャスミンの花を混ぜて茶をもっとおいしいものにしょ
う、というアイデアが持ち込まれた。トゥガル人の茶の嗜好はそんな背景が作り出したも
のだ。


トゥガルには香茶製造会社が6つある。PT Gopek Cipta Utama, PT Gunung Slamat, PT 
Tunggul Naga, PT Dua Burung, PT Podo Joyo, PT Asliがそれで、四つの人気銘柄である
Teh 2Tang、Teh Poci、Teh Tong Tji、Teh Gopekをはじめ多くの銘柄を生産している。
それらの工場は1940年代に操業を開始した。

その中ではPT Gunung Slametが最大規模だ。資本金35億ルピア、雇用者数1,172人、
生産能力2,250トン、茶葉は西ジャワから仕入れ、20トンの輸出量がある。

次いでPT Tunggul Nagaが資本金25億ルピア、雇用者数917人、生産能力1,800
トン、ここも茶葉は西ジャワから仕入れている。

三番目はPT Gopek Cipta Utamaで、資本金15億、雇用者数394、生産能力158。
原材料の茶葉は西ジャワから仕入れているのがほとんどだが、一社だけは中部ジャワ産の
茶葉を西ジャワのものと混ぜて使っている。

それら製造会社はテポチ用に9〜10グラムに小分けしたマッチ箱サイズの茶葉を市場に
送り出している。製品はもちろん単一クオリティでない。概して、teh wangi、super、
teh melatiという区分が用いられているようだ。

トゥガルに香茶製造工場が多いのは、ジャスミン農園が多いプカロガンやバタンに近いこ
とが理由だった。しかし今ではトゥガルにもジャスミン農園が設けられている。砂糖につ
いて言えば、植民地時代にトゥガルにはパンカPangkah砂糖工場、ブルブスにはジャティ
バランJatibarang、バンジャラッマBanjaratma、クルサナKersanaの3砂糖工場が設けら
れた。その中のジャティバランとパンカはいまだに操業している上に、テポチ用の氷砂糖
も生産していることから、地元での砂糖の供給も豊富なのである。

テポチ用の急須と湯呑はトゥガル県タラン郡グラバ地方で焼かれている。そこで作られる
焼き物は少し黒味がかっている。もちろん、他地方で作られた急須と湯呑も仕入れられて
トゥガルで売られている。他地方産のものになんとTeh Poci Tegalと書かれていて、ご当
地産品に仕立て上げられているそうだ。


地元の中に供給体制がしっかりと根を下ろしているがために、消費者も強固な市場を作り
上げていく。中部ジャワの香茶は数えきれないほどの銘柄があって、消費者はその中で自
分好みの銘柄をより分けている。すると食堂や飲食物販売店の看板に、どの銘柄が置いて
あるかということが表示される。トゥガルのホテルには必ずテポチのための急須と湯呑が
用意されており、そしてトゥガルの町に入る大門には巨大なポチの急須の像が鎮座してい
るのである。[ 完 ]