「トバ湖の茶農園(後)」(2020年08月11日) その一方で、茶葉の国際価格がどんどんと低下して行った。その元凶はベトナムが茶葉の 世界的生産国になって廉価な製品を大量に輸出しはじめたためだという話になっている。 第4ヌサンタラ農園会社がそんな状況の対策を講じないはずがない。1990年代に入っ てトバ湖周辺の茶農園の作付面積はどんどん減少していき、反対にパームヤシ農園の面積 が顕著に増加して行った。それでも2000年の茶木作付面積8,475Ha、茶葉総生 産量は16,519トンあったものの、栽培転換方針は止まることがなく、2005年に は5,397Ha、13,286トンまで落ち込み、2009年には4,595Ha、 9,604トンになっている。 かろうじて生き延びているシダマニッ、バッブトン、トバサリの三農園も、いつパームヤ シ農園への転換方針が降りて来るかわからない。第4ヌサンタラ農園会社の茶農園は今の 国際価格に太刀打ちするのがきわめて困難であり、そのために作って売れば売るほど赤字 になるという厳しい立場に置かれている。 いや、そればかりではない、とバッブトン農園管理マネージャー氏は語る。「茶は非常に センシティブな植物であり、昨今の地球温暖化のために高品質の茶葉が得られにくくなっ ている。特にシマルグン一帯の茶農園は標高の条件が悪く気候変動の影響を受けやすい。 価格問題がなかったとしても、ここでの茶農園事業の先行きは悲観的にならざるをえない。 現在われわれが検討しているのは、茶農園を残すために茶の下流産業に入って行ったとき、 それがビジネスになるかならないかということがらだ。」 先に専門的な意見を聞かせてくれたティ―テースターのバンバン氏は、1924年にアム ステルダム通商連合Handelsvereniging Amsterdamが興したシダマニッ茶農園を消滅させ てはならない、と言う。「シマルグンにまだ残されている茶農園は維持されなければなら ない。伝統や歴史とか、愛着とか、そういったこととは別に、ここの茶の風味はジャワ島 のものと異なっているという重要なポイントがある。世界市場はジャワティ―とスマトラ ティ―という二種類しか認識していない。かれらの知っているスマトラティーとは、たい ていここで作られたものだ。ここで採れる茶葉はそれだけ風味が強くて印象的なのだ。シ マルグンで採れる茶は渋みが強い。それは土壌と気候が作り出している。ジャワ島の茶に はこの強さがない。世界の茶の愛好者の中に、この特徴を好む消費者が必ずいる。だから シマルグンの茶が世界から消滅してはならないのだ。」 ヒルソン&リヨンとの長期契約が維持されていれば、世界市場の価格低落の影響はもっと 小さいものになっていたかもしれない。あのとき、有能なティ―テースターがバッブトン 農園にいれば、こんなことになっていなかったかもしれない。歴史のもしもは無用の言葉 だが、インドネシアの茶葉産業にとってバッブトン農園のできごとが、もって他山の石と すべきことがらであるのは明らかだろう。[ 完 ]