「ヌサンタラのフランス人(33)」(2020年09月11日) ある島を端から端まで行き当たりばったりに歩いてみると、オランダ人がオーナーになっ ている農園に遭遇する。広大な土地の所有者は遺産としてそれを受け継いでおり、たいて いは会計士・VOC・ダンデルス総督・イギリス時代に土地の権利を譲渡されたものだ。 中には政府のコンセッション下にある場合もある。 数千ヘクタールの土地を所有し、その土地が何千人もの農民から地代をかき集める。もっ とも一般的なのは一年ごとの借地耕作だが、数年間の契約も行政の許可を得て行われる。 土地を持っている原住民は、自分の土地を他人に譲渡することができない。かれらはその 土地でタバコやサトウキビを栽培する。土地持ち、長期借地人、短期借地人のすべてがた いていその土地に家を建てて住む。 贅を尽くした御殿に住む農園主の日常生活はまるでおとぎ話のようだ。かれらの暮らしに まさるものはきっとこの世界のどこにもないだろう。澄んだ水と太陽の光が作り出す美し い大自然の中で、邸宅からそれほど遠くない農園と、そこからほど近い場所にある工場を 監督するのがかれの務めである。そこでの暮らしはかれの健康を最適状態に保ち、かれの 知性は適切に満たされ、かれの創造性も農園と工場経営の中で妥当に発揮される。 かれの一日は早朝から始まる。朝起きると、オランダ人ニョニャが愛情をこめて用意して くれた素晴らしい味わいのコーヒーを飲む。トアンはあたかもそのすべての味わいを一杯 のコーヒーにこめて、そのカップからすすっているようだ。 厩舎から引き出された馬にまたがると、農園内の数カ所ある要所を見回るために出かける。 農園を回ったあと工場に立ち寄り、工場内の様子を観察し、技術者やマンドルと親しく会 話して冗談を言い合い、そのおよそ二時間の日課を終えて帰宅する。 その間ニョニャは台所で料理人たちに豪勢な朝食を作らせ、トアンが戻る時間を見計らっ て大きな食卓に料理を並べさせる。食卓の上には白い蓮の花が飾られ、それが表す歓びと 清楚な白が幸福な一日の始まりを感じさせてくれる。 フレッシュな生命と快活さを発散する子供たちを目にすることもトアンに歓びをもたらす ものだ。子供たちの肌は貧血症を思わせるものの、血液自体は健全だ。 使用人のひとりが邸宅からほど近い事務所へ行って、手紙を取ってきた。外界の様子を伝 えて来る今日最初の情報だ。特定の日にはヨーロッパからの手紙や新聞、新刊書などがも たらされる。読書サークルに入っていれば、多種の刊行物や書物が回覧されてくる。娯楽 としてはもとより、それらは知識を涵養するための重要な源泉になっている。 朝食を終えると、トアンは再び農園を巡回して早朝に与えた指示が適切になされているか どうかをチェックし、追加の指示を与える。更にもう少し離れた農園に見回りに行ったり、 あるいは新たに開墾している場所の様子を見に行ったりして数時間を過ごす。 仕事を終えて帰宅する途中、かれは隣人の家に立ち寄って世間話をし、その日の晩餐に隣 人を招く。他にも招きたい知り合いがあれば、家に帰ってから電話する。同じ階層のひと びとは互いに自宅に招きあって親睦を深めるのである。広い食堂、大きな食卓、テラスの 安楽椅子の脇に置かれた小テーブルにはよく冷えた飲み物。贅を競うようなメインホール には、さまざまな芸術品がセンス良く並べられている。家によってはすべて偽物という所 もあるのだが。 パーティともなると、どこで葉巻を吸おうがだれも苦情せず、ウイスキーソーダやパイッ pait(ジャニパーとビターを混ぜたアルコール飲料)が休みなくグラスに注がれ、客室に は音楽が流れて娘たちがそこに集まる。客人たちが乗って来た馬は表庭につながれて、落 ち着きなくいなないている。雲の切れ目から銀色がかった月が現れて、まもなく黄金の魔 法の光を浴びせるぞと予告している。あたかも、静かな明るい夜は愉しい夢を見ながら眠 れ、と誘うかのように。オランダ人はそのような穏やかさを愛しているのだ。[ 続く ]