「ヌサンタラの酒(4)」(2020年10月09日)

ヌサンタラの各地に、その土地で伝統的に作られて来たアルコール飲料がある。いわゆる
地酒に相当するのだろうが、地酒という言葉の定義があいまいで使用者による個人差が激
しいから、ここでは使わない。アラッは上に挙げているので、再掲しない。

1.フローレス島のモケmoke
siwalanやenauの花から採取されたニラを何日も放置して自然発酵させたもの。

2.トゥアッtuak
ニラまたは米あるいは果実を素材に使う。ニラのトゥアッと米のトゥアッに区分されてい
る。

3.南スラウェシのバッロballo
ロンタルの樹液から作られる甘い酒。竹のコップで飲む。

4.パプアのスワンスライswansrai
アルコール度が30%ほどある強い酒。賓客を歓迎する儀式によく使われる。

5.ミナハサのチャップティクスcap tikus
arenのニラを発酵させて作る。

6.チウciu、漢字の酒の福建読み
キャッサバを発酵させて水分を取り出したもの。バニュマスなど中部ジャワが特産地。

それらさまざまなアルコール飲料がヌサンタラの各地で遠い昔からおもいおもいに作られ
てきた。すべてがその地元で育まれた酒であり、闇とか密造といった概念とは一切関係が
ない。闇とか密造のような概念が出現するのは、酒の生産を統制する法規が定められてか
らのことであり、法規がそれを誕生させたようなものだ。行政の統制に服すものは合法正
当であり、服さないものが闇やら密造やらと呼ばれるようになったということでしかなく、
それらの法律用語と品質を結びつけるのは的外れのように思われる。


ヌサンタラの地でオランダ植民地政庁が原住民のアルコール飲料生産の統制を開始したの
は1873年のことだった。1873年官報Staatsblad254,255,257号でミラ
スは財務省税関局が監督することが定められた。税関局はアラッの製造工程、道具・設備、
土地の状況を監督し、良い品質のアラッが生産されるよう管理する職責を与えられた。植
民地政庁は歴史上はじめて、伝統的物産であるミラスを統制する意志を固めたのである。
もちろん法規制の対象はプリブミとヨーロッパ人とを問わない。

官報240号でミラスの等級が三つに区分された。1.組み合わされた赤ボイラーを使っ
て一回だけ蒸留が行われるアラッ。2.発酵させた主素材を加工して土釜に蓄え、ボイラ
ーで二回蒸留されるアラッ。3.蒸留が三回以上行われるアラッ。

法規が定められたとたん、闇や密造やらその他もろもろの違法行為が一斉に始まった。地
元産アラッばかりか外国からの輸入品の闇売買、更にヨーロッパ産ミラスのニセモノが続
々と市場に現れるようになる。

バタヴィアの植民地政庁は軍人文民の双方にジェネワーjemewerの無料配給を行っていた。
ジェネワーとはジンginのことだ。高官から最下級兵士に至るまで政府から無料でジンが
もらえたのである。このジンは市場で販売されていないものであり、私的売買は厳禁され
た。違反者は16〜25フルデンの罰金もしくは禁固三日間だったが、規則は簡単に破ら
れた。下級兵士は5センで他人の余りものを手に入れていたのである。

1889年のバタヴィア新聞によればヨーロッパ産ジンの価格は1.5フルデンであり、
それが5センで手に入るのなら、信じられないほどの高利益率になる。下級兵士はせっせ
とそれを買い集めて闇ルートに流した。

バタヴィアの密造酒の分野で、ラウ・タッLauw Tat、リム・タイLim Thai、ヨー・スイJo 
Soeij、チェン・テッチェンTjen Tek Tjen、ゴウ・リアンスイGouw Liang Soeijなどの名
前は知らぬ者のない闇酒のバンダルたちだった。バタヴィア新聞1889年12月7日号
は、パサルスネンPasar Senenで闇酒を販売しているラウ・タッの店が警察の手入れを受
け、店が閉鎖されたことを報道している。1890年1月15日には、ドゥバイサー
D'Beisserの率いる捜査チームとグロドッ警察がスンティSenti橋にあるリム・タイ所有の
密造工場を急襲したことが報道された。トイレに隠れていたリム・タイも逮捕された。
[ 続く ]