「ジャワビール(後)」(2020年10月12日)

歴史をひもとくと、ビールジャワはビールを飲みたいジャワ人にノンアルコールビールを
用意することを目的にして作られたと説かれている。これを発明したのはスルタンハムン
クブウォノHamengkubuwana8世であり、オランダ人との交際でアルコール飲用に引きずら
れないようにするために作られたそうだ。だから王宮生活に深く関わっているということ
なのだろう。

ムラピ山腹にあるスルタンのヴィラカリウランVila Kaliurangに客を招いて宿泊するとき、
スルタンは温かいビールジャワで身体を内側から温めるように客に勧めた。オランダ人の
客がアルコール飲料でトーストに誘うと、スルタンは必ずビールジャワでそれに応えたそ
うだ。


ブタウィ名物のビールプレトッも、たいていのブタウィレストランで飲むことができる。
これもビールジャワと同じようなスパイス飲料であり、クローブ、シナモン、ショウガ、
スオウ、パームシュガーなどを材料にしている。スパイスの煮汁とは思えないような滑ら
かさが売り物だ。

こちらはスオウの赤色がそのまま残されていて、見るからにビールらしくない雰囲気を漂
わせているから、これぞインドネシア人の名前に酔う体質を推察させるものではあるまい
か。

冷たいビールプレトッbir pletok dinganというメニューは温かいビールにバニラアイス
クリームを浮かべて愉しむもので、人気メニューのひとつになっている。温かいスパイス
飲料は寒い夜にインドネシア人が愉しむ飲み物だ。バンドンをはじめ西ジャワの山岳部へ
行くと、甘くしたショウガ飲料にいろいろなものを混ぜた温かい飲み物が引く手あまたの
様相を見せてくれる。

ブタウィのビールプレトッは昔、西ジャカルタのクドヤKedoya地区や南ジャカルタのクバ
グサンKebagusan地区で地元産業の態をなしていた時期があった。行商人が担いで住宅地
を回るのである。客は自宅からコップを持って出て、金を払えばコップに注いでくれる。
ジャムゥゲンドンと大差ないわけだが、何しろ名前が違うから雰囲気も身構え方も当然異
なってくる。普通の家庭で小さい子供にこのビールを飲ませていたのかどうか、わたしは
知らない。


ビールジャワもビールプレトッも、基本はスパイス飲料のウェダンだから、作り方に違い
はない。素材を全部入れて煮立たせる。ビールジャワの場合は1〜24時間放置して滲出
させてから供する。長く置けば置くほどうま味が増す代わりに新鮮さが弱まって行くから、
どの時点が適切かという判断が微妙になる。

ビールプレトッの一般的素材は上に書いたが、昔からビールプレトッを家内産業で作って
きた生産者のひとりはそんなものじゃない、と言う。それによれば、ナツメグbuah pala、
黒コショウlada hitam、スターアニスkembang peka、カルダモンkapulaga、レモングラス
serai、パンダンの葉daun pandan、コブミカンの葉daun jerukなども使われるそうだ。そ
れらは昔からブタウィ人家庭の台所に常備されていた。スオウの樹も昔は垣根によく使わ
れており、いつでも取って使うことができた。

ブタウィアスリBetawi asliと言われているビールプレトッの名の由来は、その昔、この
飲み物が竹筒で飲まれていたころ、竹筒に氷と一緒にビールを入れて揺すると竹の中でプ
レトップレトッという音がしたそうで、それが語源だと言われている。

この飲み物にビールの名が付けられたのも、ビールジャワと同じようなストーリーで説明
されている。つまりビールを飲みたいブタウィ人は名前だけのビールを飲めということだ。
ブタウィではビールプレトッの生産者がほとんど残っていない。需要が激減したのである。
今やブタウィ人にとってのビールプレトッとは、結婚式のビュッフェ飲食物とイドゥルフ
ィトリの一週間後に行われるルバランブタウィの祝祭飲み物でしかなくなった。[ 完 ]