「酔いどれジャワ人(3)」(2020年12月30日)
飲酒常習者は身体の抵抗力が衰えるために病気にかかりやすいというような、ヨーロッパ
諸国で公表されているアルコール飲料のネガティブな影響をかれはたくさん引用した。1
899年のフランスでは、病院で治療を受けている患者の30%がアル中であり、同じ年
のイギリスでは軍隊構成員の10%が酔いどれであり、肉体的に虚弱な兵隊という矛盾を
抱えている。またドイツでは精神病院患者のほぼ四人にひとりが飲酒によってそうなった
のだ、といった統計が紹介されている。


この書物がプリブミをも対象にしていることから、カッツはプリブミのエリートや社会組
織の禁酒に対する賛同を盛り込むことはたいへん有意義であると考えた。サレカッイスラ
ムSarekat Islamが1915年に行った決議の中の「政府はプリブミに対して禁酒法を定
めよ」という要求や、ヨグヤカルタのモハマディヤが表明した「アヘンで行っているよう
にアルコール飲料も政府の直接販売制にせよ」という要請、またブディウトモが提言した
「政府はアルコール飲料の販売場所を制限し、同時に高い物品税をかけて高価なものにせ
よ」という希望などもその書物の中に引用された。

ブディウトモは更に一般庶民に対して、地域行政の指導者を選ぶ場合には住民のお手本に
なるように、飲酒に無縁の人物を選ぶべきであるという呼びかけをも行っている。


この書物とは別の情報源によれば、1918年に植民地政庁は東インド社会における飲酒
の弊害を撲滅する任務を負うコミッションAlcoholbes Trijdings Commissieを設立してい
る。面白いのは、そのコミッションのトップにプリブミが据えられたことである。クスモ
・ユドPTA Koesoemo Joedoポノロゴ県令Bupati Ponorogoがコミッション長官に就任した。
この一事から、プリブミに対する減酒・廃酒の奨励がいかに大きいウエイトを占めていた
かということが推察できるように思われる。メンバーには警察・プリヤイ・宣教師・軍人
・社会組織などから代表者が集まった。

コミッションの報告書には、飲酒の習慣が東インド社会に広範に広まっていることが述べ
られている。バタヴィアを例に取るなら、「アルコール飲料の製造・販売・消費のすべて
が危惧すべき段階に達していて、スネン地区はアルコール飲料闇売買のセンターであると
ささやかれており、赤線(売春)地区も同様で、アルコール臭芬々たる喧嘩出入りの舞台
になっている。」と1922年のコミッション報告書に記されている。

アルコール飲料撲滅作戦はジャワ島のいくつかの地方で実施された。そのメインターゲッ
トはプリブミ社会の中底辺層で一般的な伝統的アルコール飲料であるバデッbadeg、チゥ
ciuなどであり、行政の製造販売許認可など得ていないのが一般であることから、警察は
それらを闇(無許可)物品と位置付けた。

そして1920〜25年に行われた闇アルコール飲料撲滅作戦は、大掛かりな一大作戦と
して進められた。その地方の行政官はもちろん作戦に巻き込まれたが、時によってはルラ
(町長)やチャマッ(郡長)ばかりかウダナWedanaまで担ぎ出されている。住民をスパイ
にし、密造人を見つけたら賞金が与えられる方式にしたために、賞金欲しさにタぺシンコ
ンtape singkongを作っている者をアラッarak密造者だと言ってタレこむようなことも起
こった。マディウン、ゴンボン、スラカルタのブコナン地区な
どでそんな騒ぎが起こって
いる。
タぺシンコンはもちろんアルコールを含有しているものの、行政はそんなものを取り締ま
ろうとしているのではない。だが賞金に目がくらんだ村のスパイたちは往々にして、籠に
入れたタぺシンコンを売り歩いている行商の老若のお姉さんたちと悶着を起こした。


一方、コミッション自身もバタヴィアの警察捜査官に不満を鳴らした。植民地警察は多数
の退役オランダ人兵士を捜査官にしており、闇アルコール飲料取締りのために捜査官を薄
暗い地区に投入していたが、かれらはほとんど成果らしい成果を出さない職務に不熱心な
者たちだとコミッションは非難した。

都市部の二等三等地区にある場末のカフェで行われている闇酒販売の大掃除が期待されて
いるというのに、捜査官が担当地区を回っているうちに店主や客たちと仲良くなり、手も
足も出せない状況にはまっていくのだというコメントも報告書に述べられている。

店を覗くたびに店主から特別待遇を受ければ、たとえ収賄などしていなくとも人情が肥大
化する。小さいことは見て見ぬふり、というがその「人情」の中にある。オランダ人でな
くプリブミ捜査官ならなおさらのことだ。店主・闇酒卸人・客たちと対決するには、プリ
ブミはもっとさまざまなしがらみの中にからめとられている。こうして安泰確保の努力が
続けられているはけ口に、増加する一方の闇酒生産がとうとうと流れ込んで行くのであっ
た。[ 続く ]