「続・ヌサンタラの酒(5)」(2021年01月12日) そもそもジャワ島は古来から酒浸りの土地だったようで、シゴサリSingasari王国のクル タヌガラKertanegara王のときに王自身が宗教祭礼で酔っぱらった際、地方領主ジャヤカ ッワンJayakatwangの反乱軍によって王国が滅ぼされた事件があり、更にクルタヌガラの 娘婿であるラデン・ウィジャヤが詭計を弄し、ジャワ島を服属させるために攻めて来た元 の軍勢をジャヤカッワン討伐に向けさせたあと、戦勝に喜んだ元軍に酒肴を供して酔わせ、 一気にモンゴル勢を全滅させた事例もあって、酒が国を滅ぼし、酒が国を興す、というた いそうな土地がこのジャワだったのである。 そんなジャワの地で生まれたアルコール飲料には、サトウキビの酒、アレンヤシの酒バデ ックbadeg、コメの酒アラッ、スンダ地方の酒ラハンlahangなどさまざまな酒があり、酒 の分野でも多様性に満ち満ちていたことが見て取れる。 ヌガラクルタガマNegarakertagamaの書によれば、王宮が開く祝宴や宗教祭事に酒は欠か すことのできないものであり、サトウキビ酒ももちろんそこに含まれていた。そのような 歴史を見渡すかぎり、サトウキビ蒸留酒はチウという名称が与えられる以前から、ジャワ 人の産物として別の名前を帯びて存在していたであろうことが想像されるのである。 [ソピ] インドネシア東部地方の地酒と言えば、まずソピsopiが登場する。ソピの語源はオランダ 語のzopjeに由来しており、一杯、一口、一飲などを意味しているそうだ。ソピは東ヌサ トゥンガラからマルク〜パプア、そして北スラウェシにまで分布しているが、北スラウェ シ州ミナハサMinahasaのソピはチャップティクスという名称に変わっていて、別扱いがな されている。 ソピはマルクで発祥したという説がインドネシア語ウィキに記されている。マルクではア レンヤシのニラが使われた。一方、東ヌサトゥンガラではロンタルヤシのニラが使われ、 そのどちらもヤシの花穂から採られたニラを素材にして蒸留プロセスを経た蒸留酒がソピ と呼ばれるものである。 東ヌサトゥンガラ州ガダNgada県アイメレAimereが高品質ソピの特産地として有名だ。こ の地方の生産者は、燃えるソピが良質の証明であり、燃えないソピは売り物にならないと 語っている。かれらは燃えるソピのことをBMという言葉で形容している。bakar menyala がその意味だそうだ。 東ヌサトゥンガラを訪れた酒飲みが地酒を探すと、ソピともうひとつモケmokeというもの が登場する。実はこのふたつ、蒸留プロセスが異なるだけの同じものを区分しているので ある。モケは素焼きの釜に入れて熱し、蒸気を竹パイプに通して作るものであり、ソピは パイプを取り付けた焼き物の大型容器を使って蒸留している。アルコール度はどちらも4 0%だ。 ソピは地元民の日常生活に深く関わっている。慣習儀式、結婚式、葬式、社交など、日常 生活で欠かせない飲み物になっているのである。ソピは最初、山岳部の生活の不便な場所 で発展した。水の入手が困難な土地でもニラは容易に手に入った。かれらは水の代わりに ニラを飲むようになる。発酵したニラを飲むようになるのは時間の問題だった。 毎日、朝夕ニラを採り、溜めておいて飲んでいるうちにニラは発酵してくる。結局、水の 代わりにトゥアッを飲むようになったというのがそのプロセスだ。ヤシ殻でトゥアッを飲 むとき、かれらはわざと少し地面にこぼしてから飲む。そうやって祖霊に感謝を捧げてい るのである。 ニラから砂糖が作られる。ニラにフソルhusorの根を粉末にしたものを混ぜると、ニラの 甘味が減り、また液体がどろっとしてくる。その液体を熱して水分を散らすと、パームシ ュガーができるが、散らした水分の蒸気を集めてやるとソピになるのである。蒸留のアイ デアはそこから起こったのかもしれない。[ 続く ]