「ヌサンタラのライオン(11)」(2021年03月18日) バリのバロン劇に登場するバロン像にはさまざまな種類がある。すべてがシンハだと思っ たら大間違いで、トラ・犬・イノシシ・象などさまざまなバロンがいる。それはバロンが 村の守護神の具象化であること、そしてバリ島の中でさえ、各土地・各森林を守護する者 が異なっていることに起因しているためだ。 バリのバロンで最も普遍的代表的なのがバロンケケッbarong keketあるいはバロンケッ barong ketと呼ばれるものだ。バロンケッはライオン・トラ・牛・龍が寄せ集まった姿を している。バロンケッはふたりの人間が中に入って動かすのだが、なにしろ巨大で、高さ は人間の背丈の二倍くらいある。雌雄のつがいになっていて、雄はジュログデJero Gede、 雌はジュロルッJero Luhと呼ばれる。 バロンケッはバリ島でもっとも頻繁に演じられている上演プログラムなのである。演じ物 にバロンケッが登場するときはたいていランダも出演するのが普通で、バロンケッはダル マ(正義と善)を象徴する者になり、アダルマ(悪と邪)を象徴するランダと対決する。 善悪正邪が両者そろって絡み合うところにこの宇宙の真理が映し出されているというバリ ヒンドゥ哲学の宇宙観を示す演じ物であるがゆえに、おどろおどろしい姿のランダが出て 来なければこの宇宙は成り立たないことになる。 バロンバンカルbarong bangkalはイノシシの面と姿を持つもので、バロンチェレンbarong celengとも呼ばれる。バンカルとは大きな牙を持った雄の大イノシシを指し、雌はバンク ンbangkungと言う。バロンバンカルもふたりが入って動かすものだ。バロンバンカルはも ちろん村の神事に上演されるが、ガル~ガン=クニ~ガンのような祝祭のときに町内を回っ て家々を訪問し、その家の厄払いを行うのに使われることが多い。 バロンランドゥンbarong landungはまったく動物らしくなく、むしろ人間の姿に近い。巨 大な張りぼてに人間がひとり入って動かすものだ。ブタウィのオンデロンデルのバリ版と 言うほうが分かりやすいかもしれない。張りぼての腹の部分に小さい穴が開いていて、演 者はそこから外界を眺めつつ踊ることになる。バロンランドゥンはひとりで出てくること もあれば、仲間と一緒に出てくることもある。複数のときは、マントリMantri(王)、ガ ルッGaluh(王妃)、リンブルLimbur(側室)などの役割を持たされる。 バロンマチャンbarong macanはその名の通りトラの姿をしている。ふたりの人間が入って 動かすが、イノシシと同じように、祝祭のときに家々を回って厄払いを行う仕事が多い。 バリの舞踊劇に登場することもある。 バロンクディンクリンbarong kedingklingという演じ物はバロンブラスブラサンbarong blasblasanとも呼ばれる。バロンノンノンクリンbarong Nong nong Klingと呼ぶ人もいる。 これはひとりひとりがワヤンオランwayang orangの装束にバロンのような仮面を着け、ラ マヤナ物語のシーンを数人で演じるもので、これも村の神事のほかに祝祭のときに家々を 巡る仕事も多い。この上演はギアニャル・バンリ・クルンクンで盛んだ。 バロンガジャbarong gajahは珍しいものであり、バロンの中でも特に神聖視されていて、 バリ人ですら見たことのない人がいる。面には象の鼻があり、象牙の他に牙も生えている。 このバロンはふたりで動かされる。バロンガジャが行われるのはギアニャル・タバナン・ バドゥン・バンリの限られた村だけで、これも神事の他に、祝祭のおりに家々を巡って厄 除けを行う仕事が多い。 バロンアスbarong asuは犬を象徴したもので、面には長い牙がある。これもふたりの人間 が動かすものであり、バロンガジャ同様、タバナンとバドゥンのごく限られた村が持って いるだけだ。神事や厄除けに家々を巡る仕事もする。[ 続く ]