「ヌサンタラのライオン(終)」(2021年03月19日)

それらの他にも、龍の姿をしたバロンナガbarong naga、ブロカンburokanという頭が人間
の女になっている馬、そしてフドッhudoqというカリマンタンのものとそっくりなバロン
もある。フドッはサイ鳥enggangの姿をかたどったものだ。

バロンブルトゥッbarong brutukは他のバロンとまるで異なっている。これはトゥルニャ
ン村のプラの境内で行われるもので、動物姿のバロンとはまるで無縁のものである。浄め
られた21人の青年村人がヤシの殻の面と乾燥させたバナナの葉で身を覆い、手に鞭を持
って境内中を走り回るのである。

トゥルニャン村に伝わる通過儀礼の神事とされており、他の種類のバロンとは神事という
点以外にあまり共通性が感じられない。


バンリのプ~ゴタンPengotan村とクニンKuning村には三眼のバロンケッがある。あるとき、
プ~ゴタン村のスードラが木彫りを作っていたとき、バロンを作れという神の啓示を得た。
そしてかれの脳裏に三つ目のバロンの顔が浮かび上がって来たのである。あたかも超自然
の力に動かされるかのように、そのスードラは三つ目のバロンを作り上げた。

村が疫病に襲われたとき、その三つ目のバロンは村の周囲に防御壁を立てて疫病が村へ侵
入するのを阻んだことをバンリ王が知り、霊験あらたかなのを称揚して聖体としてそれを
祀るように命じた。

それにあやかりたいとして、近隣の村々がそのバロンと同じものを作ったが、すべて目は
二つだった。昔から続いてきたバンリの伝統村落の中で、わが村のバロンとして祀られて
いるのはバロンケッがマジョリティだ。他にはバロンマチャン、バロンブラスブラサン、
バロンランドゥンを持っている村もある。


バロンブラスブラサンの場合はハヌマンHanoman、スグリワSugriwa、トゥアレンTualenな
どの姿になり、村内の家々を巡る。その家の庭の樹や植物で病んでいるものがあると、バ
ロンにその樹に登ってもらい、病を断つお祓いをしてもらう。

バンリの村々でもっとも人気の高いのはバロン~グニンbaron ngunyingだろう。これが行
われるときはたくさんの村人が見物に集まって来る。それが行われるのはたいていプラの
ピオダランやガル~ガン=クニ~ガンの祝祭にからめてのことで、バロン~グニンに出る者
はトランス状態に陥って、ヒヨコを丸ごと食うのである。中には食欲旺盛な者がいて、ヒ
ヨコを10匹、羽の一枚も残さずにきれいに平らげる。

翌朝目覚めると、かれらはまるで何事もなかったかのように、普段の日常生活を開始する。
あたかも、トランス状態になってヒヨコを食ったのは別の人間ででもあったかのように。
大勢の見物人が確かにその目でかれがヒヨコを丸ごとムシャムシャと食ったのを見ている
のだから、手品であるはずがない。ところがかれの排泄物の中にヒヨコは羽一枚、影も形
も現れない。

男の村人はたいてい、このバロン~グニンに出た経験を持っている。経験者の話によると、
そのときヒヨコをもらえないと腹が立って怒りが爆発しそうに膨れ上がってくるそうだ。
ところがヒヨコをもらった瞬間に、めったに感じることのないほどのうれしさが、大きな
至福感になって心を満たすのだとかれは言う。

生きている生のヒヨコをそのまま食うようなことは、トランス状態に陥ったそのときでな
ければ、かれらもしない。そのときに限って、ヒヨコを食うことにたいへんな歓びを感じ
るのである。「そのときのヒヨコの血の甘さったら、他に比べようのないものだ。ヒヨコ
の腸はまるで即席麺のような感触だ。そのときの自分は他に何も感じるものがなく、ただ
満天の法悦感の下でそれを行っている。」と経験者は物語るのである。

バロン~グニンの祭事が終わると、出演者たちにはアラッが一瓶与えられ、それを飲むこ
とで自分が祭事の中で行ったことが忘れ去られる。そのあと、香が焚かれて聖水が与えら
れ、それを飲んだら元の自分に立ち戻るのだそうだ。[ 完 ]