「デリ、スマトラ(5)」(2021年04月05日)

夜明け前にサイレンが鳴り、すぐに跳ね起きて農園作業に取り掛からなければ、マンドル
の力任せの足蹴りを食らうことになる。暴力といじめと非人間的な扱いに終始した契約期
間が終わり、故郷へ帰る希望がルキを喜ばせた。もうこんな所はごめんだ。早くジャワに
帰りたい。

務めの最期の日、ルキと同じ日に契約した仲間たちは、突然優しくなったマンドルが「夜
にお別れパーティをするから、みんな来るんだぞ。」と笑顔で語りかけてきたのに驚かさ
れた。パーティでは、農園へやってきて以来食べたこともない料理を腹いっぱい食べ、酒
もふるまわれた。マンドルはルキに言った。「故郷へ帰るのに大金も持たず、そんな薄汚
れてすり切れた服を着て行きゃあ、大恥をかくぞ。故郷へ帰るのは成功した姿を世間に見
せるためなんだ。金を持って帰らなきゃ、おめえは生涯、失敗者の烙印を捺されて苦労し
なきゃならなくなる。もう一回契約して、金を貯めて帰るようにしろ。」

鬼のようなマンドルが突然、息子をたしなめる父親のようなことを言った。その言葉に理
があると感じたルキは、結局もう一度契約してしまった。


給料が少しは増えたが、給料日には賭場が開かれて、クーリーが賭博で大勝ちすることは
なかったから、毎回給料がそれで目減りした。また生活用品を売っている店で作った借金、
性欲を発散させるための相手になっている女クーリーへの借金などを払うと、再びその月
は借金を重ねるだけになってしまう。

そのような仕組みが自然発生的にできたと思ったら大間違いだ。賭博が公然と行われ、ク
ーリーたちの間で売春が行われているのを、農園主はどうして取り締まらないのか。それ
が農園労働者の人数を維持する手段に使われていたからである。クーリーが金を貯めたら、
故郷へ帰ってしまう。作業者が減っては、農園が立ち行かない。既にデリ農園の内実が世
間に漏れ聞こえてしまったからには、いまさら労働者募集をしてもどれほどの人数が集ま
ることやら。

人数が容易に集まらなくなると、農園主たちは強制手段に訴えるようなことまでした。ジ
ャワ人のその種の者たちに金をやって、人間をかどわかすのである。その種のやくざ者た
ちは車でカンプンを回り、若くて体力のある青年たちを路上で捕らえるとそのまま隔離場
所に連れ去った。そんな事件が頻発したあとのジャワでは、自動車の音が自分の村に近付
いてくると、村人は一斉に家の中に隠れて、路上には人っ子一人いなくなるのが常だった
と言う。

そんな罠に落ち込んでしまったルキは、サイレンで動かされる機械のように毎日を生きた。
夜明け前のサイレンで跳ね起き、農園に出て働く。休憩のサイレンで休息し、作業開始の
サイレンでまた働く。サイレンでその日の仕事を終え、就寝のサイレンで眠る。

日々の習慣がかれに考えることを忘れさせ、望郷の念すらかすんでいった。かれの人生の
楽しみは賭博とセックスだけになり、そうやってルキの人生はデリの地に、したたる汗と
ともに吸い込まれて行った。かれが会社と交わした契約は19回を数え、デリの黄金郷は
クーリーの汗と涙と死で支えられたのである。[ 続く ]