「イギリス人ウォレス(12)」(2021年04月26日)

ウォレスはワヌンバイで6週間滞在し、大量の成果を得ることができた。しかも、そこで
の滞在は快適な人間関係の下で行われ、かれは未開人オランワヌンバイとの交際に深い人
間的なつながりを築き、かれらの人柄を愛した。そこを去るにあたって、またここに戻っ
て来たいと本心から思った。

村人たちはウォレスが去るのを悲しんでいるように見えた。たとえその悲しみの大部分を、
自分たちにたいした値打ちのない虫や鳥を畑や農園の往復のときに適当に捕まえて帰れば
タバコやビンロウジ、あるいはビーズや銅銭になるという、かつて一度もなかった幸運、
さらには時にコメ・魚・塩などを分けてくれと頼むとそれが手に入った便利さなどが、そ
の地にはじめてやってきた白人が去ることによって消滅してしまうという失望が占めてい
たとしても、長期間、起居を共にして気心の知れた人間との別れがもたらす悲しみがこの
素朴なひとびとの心に混じっていなかったはずはないだろう。

ウォレスは残った塩やタバコをみんなに分け与え、家のオーナーにはアラッを与えて餞別
にした。5月9日の夜明け前に舟は出発し、追い風のおかげでその日夕方遅く、一行はド
ボに到着した。


ドボに戻ると、そこは人間であふれかえっており、空き家はすべて埋まり、更に家が建て
られているありさまだった。ウォレスは巡回監視官が来た時に審問を行う建物に入った。
監視官はすでに去っていて、次に来るまでそこは使われないからだ。

ドボはとても活気のある場所に変わっていた。船はすべて浜に引き上げられて帰りの航海
を待っている。たくさんの小舟が島の周囲を巡って交易し、故郷へ運ぶ商品を持ち帰って
くる。

今年ドボに来たマカッサルからの大型プラフは15隻、そしてセラム、ゴラム、ケイなど
から来た小型船は数百隻に上った。それらの船がアルから持ち帰る品は真珠母とナマコが
最大で、べっ甲はそれよりちょっと少なく、さらにツバメの巣・真珠・装飾用樹木と木材
・極楽鳥などで占められている。それがアルの輸出商品である。一方でアルに輸入される
ものはアラッ3千箱(半ガロン瓶が15本でひと箱)、それがアル人の年間消費量になっ
ている。セレベス産衣料品は強靭なために人気が高い。加えてイギリス製キャリコとアメ
リカ製無漂白綿布、普通の陶器類、粗悪な家庭用刃物類、銃、火薬、ゴン、小型黄銅砲、
象牙など。最後の三つはアル人が結婚する時に必要とする財産だ。妻をもらうとき、それ
が結納に使われる。


薪が山積みされた家の裏で、帆布や船の部品の修繕が行われている。また商品の真珠母は
紐を通して一括りにされ、燻されたナマコは乱雑に並べられて天日干しされている。セラ
ムやゴラムから来た船は戻り航海のためにサゴケーキをたっぷりと船に積み込み中だ。

色とりどりのさまざまな美しい鳥が家の表につながれてさえずり、放し飼いのカスワリが
歩き回り、森で捕まえられたカンガルーがもう人間に馴れてじゃれついてくる。夕方にな
れば、タムタムやジョーズハープ、そして時おりバイオリンの音が遠く近く音楽を奏で、
メランコリーなムラユ曲が夜半まで続く。

ひとびとは昼間、闘鶏で興奮し、籐作りのボールを蹴って遊ぶ。あるときは、何の行き違
いか、喧嘩が起こりそうになり、一対一でなくそれぞれの二十人近い仲間がナイフやクリ
スを手にして対峙した。仲裁が入って長時間の話し合いのあと、何事もなく解散して緊張
はほぐれた。そのあと、そのときの怨恨による喧嘩は何も起こらなかったようだ。
[ 続く ]