「イギリス人ウォレス(23)」(2021年05月11日)

このスルタンは感受性に満ちた老人で、ウォレスの仕事に興味を抱き、ウォレスのコレク
ションを見に来ることを約束した。バチャンは鉱物資源の豊かな島であり、黄金も埋蔵さ
れていて、住民人口が多ければこのスルタン国ももっと経済発展が可能なのに、人口が少
ないために鉱物資源の開発が一向に進まないことを、スルタンはたいへん嘆いた。

石炭が見つかったのは数年前で、それをオランダの蒸気船で品質検査するために港まで運
び出すべく道路が作られた。結果的に品質があまり良くないと評価されたことから、この
炭鉱は見捨てられた。しかし最近、別のスポットでの採掘が開始され、囚人を中心にして
80人がそこでの採掘に投入されているものの、いかんせん、人数が少なすぎる。道路の
メンテナンスだけにでも何人もの作業者が必要なのだから、採掘作業にかかる人数はおの
ずと減ってしまう。もしも品質が十分であると判定されたなら、線路を設けてトラムで港
に搬出する計画になっているそうだ。

翌朝、採集活動が開始された。助手は鳥を撃ちに森に入り、ウォレスは虫を探しに別の場
所を探査した。そして戻って来た助手のアリが持ち帰った鳥を見たウォレスは狂喜した。
これまで見たことのない極楽鳥の一種、standardwing bird-of-paradiseだったのである。
両翼に長い一対の白い羽があり、鳥はそれを自由に動かすことができる。後にこの鳥は発
見者であるウォレスの名前にちなんでSemioptera wallaciiという学名が付けられた。日
本語ではシロハタフウチョウと呼ばれている。


バチャン島には土着民がいない。内陸部は無人の境であり、海岸部にいくつか村があるだ
けだ。バチャンの住民をウォレスは四種に分類した。最初にやって来たムラユ系バチャン
人はテルナーテのムラユ系とほとんど違いがないが、言葉はテルナーテよりもはるかにパ
プア系言語の影響が深く及んでいる。次にテルナーテやアンボンと同様のオランスラニで、
ポルトガル系の外見を残していても、肌の色はムラユ系よりも暗い。祖先の伝統的習慣を
顕著に持っており、また言葉はムラユ語に多数のポルトガル単語や熟語を含めている。三
つ目はジャイロロ北部に由来するガレラGalela人。パプア系の特徴を持つ背の高いガレラ
人はこの地域一帯を放浪し、大型のアウトリガープラフで別の島に渡り、海岸部に住み着
いてシカやイノシシを狩り、干し肉を作り、森を切り拓いてコメやトウモロコシを栽培し
ている。四つ目はスラウェシの東半島部に由来するトモレTomore人。かれらは別の種族に
皆殺しされるのを避けるために、バチャンに移住して来た。背は低く、言語はブギス系の
言葉を話す。かれらは野菜を栽培して、村人に売りに来る。


バチャンに着いてからほどなく、植民地政庁は従来からのドゥイッ銭を新たにセント銅貨
に変更したことを広報した。セントに交換するためにドゥイッはテルナーテに送らなけれ
ばならない。ウォレスは持って来ていたドゥイッ貨6千個を送った。かれは一日に5〜6
百個を使うのだから、バーター経済でない土地に行く場合は大量に小銭を持参することに
なる。

そんなことをしたためだろう、ウォレスの住居に泥棒が入った。泥棒が入ったと思われる
時刻の前後にウォレスの住居の方に行って戻って来た男を目撃した者がいたので、その証
言を元にウォレスは容疑者を告訴した。ところが、その容疑者はウォレスの住居に近い川
へ水浴びに行っただけであり、帰りに何かをサロンに包んでひっそりと持ち帰ったのは、
ココナツの実を二個取って来たのだが、他人に見られると恥ずかしいから見られないよう
にしただけだと釈明し、結果的にその容疑者は無罪放免された。[ 続く ]