「イギリス人ウォレス(45)」(2021年06月16日)

7月1日朝、ふたりのワイゲオ人を加えたプラフは、そのふたりがムカから戻るための小
舟をつないで出発した。一日がかりで到着した海峡の入口は小さい川のようであり、おま
けに出張った土地で隠されていて、密生したジャングルが海岸線まで覆っているワイゲオ
島をよく知らない人間には、見つけるのがきわめて困難だ。

他所では見ることのほとんどない風景を両岸に見ながら海流に運ばれて海峡を進んで来た
プラフは途中で進行を停止した。海流が弱まったのである。櫂漕ぎを始めたが、重く短い
ウォレスのプラフは緩慢にしか前進しない。三日かけて広まった湾の入り口までたどり着
いたところ、正面から吹く風に足止めされて、動けなくなってしまった。このままだと何
日も、いや一週間以上もそこで足止めのまま日を重ねることになりかねない。

すると何と素晴らしいことに、奇跡が起こった。ムカ村から迎えがやってきたのだ。ムカ
村の首長のひとりが、ウォレスがやってきていることを神秘的な方法で知った。かれはす
ぐにひとを集めて、ウォレスを迎えるためにココナツと野菜のプレゼントを持ち、自ら船
に乗って来たのである。

湾内の状況を熟知した多数の人手の助力によって、ウォレスのプラフは難関を抜けだすこ
とに成功し、その日の夜にムカ村の港に到着した。ウォレスのプラフがゴロム島から処女
航海に出て以来、ちょうど40日目のことだった。ワハイを出てからの苦難に満ちた航海、
ワイゲオ海域に入ってから50マイルを8日間漂った末の大団円だった。こうして苦しみ
は癒され、思い出話に変質して行った。


ムカ村に着いてからウォレスはすぐに、途中の島に置き去りになったクルーふたりの捜索
隊を組織して出発させた。ムカ村住民三人とウォレスの部下ひとりが小さいボートで出発
した。ところがこの一隊は遭難者を連れないで、十日間で戻って来た。あの島一帯がたい
へんな悪天候になっていて島を望むことはできても接近することができず、6日間天候の
回復を待ったが同行したウォレスの部下が病気になり、また水と食糧も欠乏して来たため
に諦めざるを得なかったのだ。

しかしウォレスは諦めなかった。ウォレスはナイフ・ハンカチ・タバコそして十分な食糧
を与えて再度のトライを促した。かれらは目指すべき島をもう知っている。この第二次捜
索隊が7月29日にムカ村に戻ったとき、島に置き去りになったふたりがその中にいた。

ふたりはひと月間、あの島で世の中から隔絶された生活を送っていた。飲み水を発見し、
島に生えている植物と貝や亀の卵を食べ、病気にもかからず、着の身着のままで生き延び
ていたのだ。痩せて体力が弱ってはいたが、しかし健康だった。

ウォレスが向かいの島で三日間ふたりを待っていたことをかれらは知っていた。だが、海
を渡ることをしなかったのは、途中で海流に運ばれて大海に流されたなら、破滅が待って
いるだけであることを理解していたからだ。ふたりはウォレスが必ず助けをよこすだろう
ことを確信していた。そしてその通りの結末になったのである。


湾の南岸にあるムカ村は、浅い海の上と岸に貧相な小屋がおよそ半マイルに渡って不規則
に散らばっている貧しい村だ。その周囲をいささかの畑地と二次林が取り巻き、その半マ
イルほど向こうに処女林が広がっている。処女林の端は1〜2マイル中にまで家屋や農園
が作られて、そこへ行くための道がある。土地は平坦で湿地もあり、海に向かう流水が小
川を作っている。

ウォレスはしばらくムカ村に滞在しようと考え、仕事のしやすさを考えて処女林の中に家
を建てることにした。しばらくの期間のつもりであって、ドレの時のような長期滞在はし
ない意向だったから、たいした家屋は必要がない。[ 続く ]