「地上の異界、スラウェシ島(4)」(2021年07月15日)

このマロス〜パンケップカルスト地帯に284種の木本類植物が見られ、その中に原生種
のものも混じっている。ウォレスはここを訪れたとき、数百匹の蝶がカラフルな雲を空に
作るあり様を目にして、感動している。バンティムルンBantimurungは蝶の王国であり、
ウォレスは3百種を超える蝶をそこで採集した。マカッサルの街から40キロ北のその地
区は現在、バンティムルン=ブルサラウンBulusaraung国立公園になっている。


南スラウェシ州ソッペンとボネの間にワラナエWallanaeと名付けられた古代河川があり、
ワラナエ渓谷で発見された古代象ステゴドンの化石は、牙を4本持っていた。イノシシの
仲間であるCelebochoerus heekerveniも牙が4本あった。

スラウェシで発見されたそれら脊椎動物の化石は、ジャワなどで見つかっているものと異
なり、スラウェシ島が周辺の世界から隔離されていたために、その地の環境に適応する形
で動物たちが進化したことを示している。哺乳類は小型化し、爬虫類は大型化した。隔離
された環境は遺伝子変化に影響を及ぼして、新しい種を作り出した。

スラウェシの動物が周辺の島々に住む動物と異なっているのはそのせいである。また遺伝
子のつながりが絶たれてしまうことも起こったために、祖先が何であったのかを調べるこ
とができなくなっている。バビルサやアノア、あるいは原生種のサルなどの祖先を調べよ
うとしても、古代生物との遺伝子相続が途切れているために祖先を追跡できない状態にな
っているのだ。


スラウェシに現生している特異な動物たちは、その習性も変わっている。そして、その変
わった習性がスラウェシの自然の持っている特徴を巧みに取り込んでいることに、われわ
れは驚かされるのである。たとえばマレオmaleo。ツカツクリ科のこの鳥が地熱のある土
地に穴を掘って産卵するのは、自分が卵を抱いて孵化させる習性を持っていないからだ。
おまけに、卵の穴を偽装するための空穴まで周囲に用意する。

その地熱が温水だまりを形成する。水は塩分や種々のミネラルを含んでいて、バビルサの
生活はその水なしには成り立たない。バビルサは胃の酸性度が高くなりすぎないようにす
るために、アドゥドゥaduduと呼ばれる温水だまりの水を飲まなければならない。同時に
その水はバビルサが主食にしている実の毒性を中和させることにも役立っている。アドゥ
ドゥの水は普通の水よりもナトリウム含有量が36倍も大きいのである。


スラウェシの特異な動物たちは、人間という雑食性の生き物に種の存亡を脅かされている。
言うまでもなく、それはその動物たちが特異だからというのが原因でなくて、反対にそこ
に住んでいる人間が野生動物の捕食をいまだに続けているためだ。現代文明という見地か
ら見るなら、そこに住んでいる人間の方が文明発展の段階尺度において特異なのだという
ことになるだろう。

最初は他の野生動物を狩って食糧にするのが二本足で直立歩行するサルの、この地球上で
の普通の姿だった。サルたちが人間に進化して行く過程で食糧を得るための動物飼育が起
こり、狩猟行動は減ったようだ。もっと時代が下がると、文明化の名のもとに野生動物の
狩りはゲームとされ、狩った動物の肉を食うことはグルメ趣味の一部になった。つまり自
己の生存を維持するための食材だったのは遠い野蛮な時代であり、人類文明史の中でそれ
は否定されるものに位置付けられたというのがこの文明史観だろう。その裏側には文明の
高低という意識がへばりついているように見える。

英語にbushmeatという言葉がある。食用に狩られた野生動物の肉という意味で使われ、ア
フリカやオーストラリアでの生活に日常的に出現するものになっていた。ウォレスもヌサ
ンタラの旅行中にしばしばブッシュミートを生きるために食べている。[ 続く ]