「地上の異界、スラウェシ島(5)」(2021年07月16日)

北スラウェシの住民の間にブッシュミートを好むひとびとがいる。もちろん生きるための
主食にしているわけではなく、何らかの理由があって頻繁に野生動物の肉を食らうのであ
る。ありとあらゆる生き物をかれらは食べる。

北スラウェシへ行くと、今でもブッシュミートが集まる市場があるという話だ。その種の
市場探検記を読むと、犬の肉を売る者は買い手が付いて値段が折り合うと、店先につない
であった犬を連れて裏へ回るようなことも書かれていた。

このような市場に集まって来るブッシュミートは、アノア・バビルサ・イノシシ・クスク
ス・サル・ヤマネコ・蛇・サイチョウをはじめとする種々の鳥、さらには犬や猫までが含
まれている。犬や猫はそれ用に飼育されているにちがいあるまい。その中のひとつにヤキ
がある。ヤキについての話は「これがインドネシア」>「動物・植物」>■インドネシア
の動植物 http://indojoho.ciao.jp/koreg/xflona.html 内の記事:
「食い尽くされる保護動物」(2014年11月14日)をご参照ください。


北スラウェシ州でブッシュミートの売買が活況を呈するのは宗教祭事の前だそうだ。それ
は宗教に関連して社会的な動きが起こるからだが、個人的にも誕生日や結婚式などの祝い
事にブッシュミートをよく食べる。

北スラウェシの社会では、野生動物の肉は珍品で贅沢な美食と位置付けられていて、祝い
事に際して来客にそれを振舞うのはホストの社会ステータスに関わるものという観念がラ
イフスタイルの中で実行されているのだという解説がある。おまけにその観念が社会で確
立され拡大されている様子を野生動物肉の販売者数が示しているという報告すら出されて
いる。

その報告によれば、北スラウェシ州内でイノシシとバビルサの肉を販売していた商人は1
948〜70年の間ただ1人しかいなかったが、1970〜84年には3人になり、19
93年に12人、1996年30人と顕著な増加ぶりを示している。


2012年8月、コンパス紙記者は北スラウェシ州ボラアンモゴンドウBolaang Mongondow
県西ドゥモガ郡のパサルを取材した。そこはいわゆる在来パサルであり、地元民にとって
のありとあらゆる生活用品が販売されている場所だ。その50x60メートルの四辺形を
している市場の中で、肉売場は一番奥の隅にあった。数人が売場を開いている。アノアや
バビルサの話を記者が出したところ、「ここにあるのは普通の肉だけだ。」と言いながら、
中のひとりが建物の裏に記者を誘った。「保護動物の肉はこっちにあるんだ。」

解体されている大きな動物の身体がそこにあった。まっすぐな角を持った頭部もあったの
で、それがアノアであることはすぐに判った。悪びれた様子も見せずにかれはアノアの解
剖学的な説明をし、更に他の野生動物の肉が置かれている場所に記者を案内した。さまざ
まな鳥・コウモリ・野ネズミ・蛇・イノシシ、そしてバビルサの肉がそこにあった。

「最近はアノアも減りましてな。森の奥深くまで探しに入らなきゃならない。昔はもっと
楽に獲れたんだがねえ。」記者が当局者から聞いてきた情報では、その近辺一帯の森でア
ノアはほぼ絶滅しており、野生の姿を見るのは至難の業だという話だったが、なんと狩人
にとってはまだまだ獲物がいる森なのだ。

「ええ、そりゃわたしらだって、保護動物ってことは知ってます。でもね、ジャカルタじ
ゃ汚職者が自由に歩き回ってるじゃありませんか。こんなことくらいで刑務所入りなんて、
まさかですよ。」保護動物をどう思うかという質問にパサルの肉売場のひとりはそう答え
た。

アノアやバビルサの肉はこの市場で平常の商品になっている。市日は週に三日あり、市が
開かれる日にはそれら保護動物の肉が常に売られている。アノア肉はキロ4万ルピアで、
キロ6万の牛肉より廉い。バビルサ肉はイノシシ肉と同じ値付けがなされ、キロ1.5〜
2万ルピアだ。養豚肉がキロ4万ルピアもするのと比べてみるがよい。[ 続く ]